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豊かな心を育み、確かな未来へ導く活力に満ちた学園生活

今月のうた・ことば

[2012.05.07]

  今月のうた・ことば

五月のことば 
世の中刃物を取り遣りするに、刃の方を我が方へ向け、
柄(え)の方を先の方にして出すは、是道徳の本意なり

 「道徳」という言葉を一言で説明するのは、難しいものです。が、尊徳先生はその本質を、わかりやすい言葉で示されています。例えば「そのはさみをとって」と言われたら、みなさんはどのようにして相手に渡すでしょうか。刃の方ではなく、持つ柄を相手に向けて渡すのではないでしょうか。万が一誤りがあった時に、自分は傷ついても、相手は傷つけまいという心から、刃物はこういった取り扱い方をするのです。危険に配慮するという、相手への気遣いや、思いやりそのものが道徳なのです。
 さて、この一節は『二宮翁夜話』(巻之四)からとったものですが、続きがあります。下に全文を引用しておきます。

世の中刃物を取り遣りするに、刃の方を我が方へ向け、柄(え)の方を先の方にして出すは、是道徳の本意なり、此(この)意を能(よく)押(おし)弘(ひろ)めば、道徳は全かるべし、人々此(かく)の如くならば、天下平(たいら)かなるべし、夫(それ)刃先を我方にして先方に向(むけ)ざるは、其心、万一誤(あやまり)ある時、我身には疵(きず)を付(つく)る共(とも)、他に疵を付ざらんとの心なり、万事此の如く心得て我身上をば損す共、他の身上には損は掛(かけ)じ、我が名誉は損する共、他の名誉には疵を付じと云精神なれば、道徳の本体全(まった)しと云べし、是より先は此心を押広むるのみ

 はさみであれば、誰もが刃の方を自分に向けて、柄の方を相手に向けて渡すことができるとは思います。しかし、これを「よく押し広める」こと、すなわち、日々のいかなる場面でも、はさみを渡す心持で臨めるかどうかとなると、難しいものになってきます。自分は損をしても、相手に損はかけないようにしようという心持でいられるでしょうか。自分の名誉は損なわれようとも、相手の名誉に傷をつけまい、という心持でいられるでしょうか。こう考えてみると、尊徳先生の教えのなかでも、最も重要な「譲る」という精神にも関わってきます。自分がやられて嫌なことは相手にもやらない、というところから一歩進んで、相手がしてもらったら嬉しいことを、自分は多少損をしてでもやってみようという心遣いを、中高生のうちに身につけてほしいと願っています。友達にペンを貸す時、あるいは借りたとき、どちらを向けてわたすでしょうか。先生に提出物を渡す時、どちらの方向を向けて渡しているでしょうか。身近なところから、はさみを渡す心を押し広め、実践していきましょう。

四月のことば
徳を以て徳に報う
  わが教へは、徳を以て徳に報うの道なり

 以徳報徳。本校の校名の由来となることばであり、報徳思想の根本を表すことばの一つです。これを書き下すと「徳を以て徳に報う」となり、尊徳翁のあらゆる実践の規範となりました。

 いやしくも徳に報いる心なきものはこれ禽獣なり。

『二宮先生語録』にはこのような一節が残されており、徳に報いる心があるかどうかが人間であるかどうかの境界線でもあります。では徳に報いるとはどういうことでしょうか。そもそも徳とは、「修養によって身につけた、すぐれた品性や人格」、あるいは「めぐみ。恩恵」などを表し、「徳の高い人」「人徳・道徳・美徳」「徳を施す」「報徳」のように使われます。(明鏡国語辞典)もっとわかりやすく言えば、それぞれの人が持つ良さ、皆さんの持ち味、個性を徳と考えればよいと思います。
 そもそも人間は単独で生きることができません。水や空気に始まり、衣食住、家族や友人、同僚といった、無数の縁の中で生きて行くものです。自然界で見ると生まれたての赤ん坊は何と無防備なことでしょう。親や家族の庇護がなければせっかくの命も繋ぐことができません。水や空気や食べ物は自然の恵みであり、恩恵であり、家族の慈愛にあふれる子育ては何物にも代え難い徳であります。
 無数の徳を受けて育ち、生きている私たち人間は、徳に報いる、つまり恩返しをする生き方をしなければならないと尊徳翁は教えられたのです。これが徳に報いるということであり、徳に報いるに当たってはやはり自分の持つ良さを発揮して、徳によって報いなければなりません。
 私たちが物心共に豊かな生活を送ることができるのは、このようなたくさんの徳を周囲の全てから受け、さらに「しっかりと報いている」と精神的に満足を感じるからでしょう。徳を受けただけで報いることがなければ禽獣と同じです。よくよく考えてみましょう。ある人のために一生懸命何かをしてあげてもその人が全然報いてくれなければ、やがて人々の心は離れ、その人は孤独になり、「物心共に豊かな生活」から外れてしまいます。
 携帯電話やパソコン、そして情報通信網が発達して、非常に豊かな社会ができあがりましたが、精神的に満たされる部分なければ、充実した人生にはなりません。自分のために何かをしていただいたら、とてもうれしいですが、自分がしたことによって周りの人が喜んでくれると、これもまた自分にとって大きな満足です。
 徳を受けてしっかりと返すことができる徳を身につけるべく、日々修養を怠らず、勉強にスポーツに文化活動に、全力で取り組みましょう。


三月のことば
おもへただ天竺(から)学びする人とても
     わが身をめぐむこの日の本を

 またかと思うのが、「国旗・国歌」に纏わる話題。卒業式などの式典で国歌斉唱時に起立せぬ教員を処分の対象にする云々の話しである。斯様なことを議論致さねばならぬほど、わが国の「国歌」は不安定なものなのか。情けなく思う。1999年(平成11)に米国で発生した9.11同時多発テロ事件後の追悼式典の報道で、地元の幼稚園児が胸に手を当てて、星条旗を見上げる映像が脳裏に焼き付いている。彼の国は幼子までが国家を意識しているのにと。
 尊徳先生のこの道歌には「日本人自覚の歌」と歌題が付いている。『道歌選』の解説で佐々井信太郎先生は、儒仏の日本への流入以後、真理を求むる学びの淵源こそ支那・印度と慕い、日本などは未開の国だと云い放つ学者までが出たのは時代の流弊だと嘆き、次の如くに続けられる。

 「本来日本に生まれたものはそれが天分であって、人生がここに始まるのは、この土地に生まれたからである。人生を与えられた天地の恵沢、それを日本に受けたのであるから、その天分に報いてその徳の光輝を発揚しなければならぬ。何ほど文句を言って見ても、日本人に生まれたのがその天分である」
 天道、人道相俟って、日本開闢(かいびゃく)以来、永永と現在のこの繁栄を築いたのは決して外つ国の文化導入のみの力でないことは明白である。またこの百年、幾多の困難に見舞われながらも、わが同胞は事ごとに真摯な姿勢で再生に立ち向かい、復興を成し遂げてきたではないか。
 日本に生まれたものはそれが天分とはいうが、この日の本の成り立ち、時の流れを顧みる時、性温厚篤実でありながら、恥と誇りを強く意識する素晴らしい民族の質(たち)を思わずにはいられない。
 この国ぶりを熟成させ、日本人の思考の方向を示したものが「国学」となって結実する。往昔よりの探究者が大和民族の心情を明らかにし、穀物に限らず、心根の豊穣をも指し示しているのである。
 何とか子どもたちが清清しい心持で、「日の丸」を仰ぎ、「君が代」を斉唱できる国に戻したいものだと思う。佐々井先生は解説の最後に「外国崇拝のみが断じて文化人ではあるまい」と喝破しておられる。


二月のことば
孝行は誰しらずともおのづから
      四方(よも)の国ぐにみな服すらん

 「孝行」という言葉も最早この時代では死語に近いものかも知れない。あえて「孝行」と大上段に構えずとも、それぞれが親に対して思いを尽くしているに違いないが、やはり何かしんみりとした心持にさせる言葉である。
 『二宮先生道歌選』の佐々井信太郎先生の解説では、『書経』からの故事を示し、古代中国の道徳教育の必然性を歴史的な視点から説かれているものである。

 「日本で孝行を称賛し、教育したのは奈良朝以後に多い。それゆえ孝行は支那から学んだようにおもい違いをする。第一に孝行という字が漢字音で呼ばれる。これは支那では孝行を教える必要があったからである。支那は上代から一夫多妻であったので、子の最も慈愛を感ずるのは母であった。そこで父にそむく子も少なくないので孝行教育を強調した。」

 日本の場合は中国と国ぶりも違うが、古くは奈良時代に『孝経』設置の勅が出され、藩政期以降は武家・町方を問わず各層で読まれたという。この『孝経』は孔子が弟子のひとりに教えを与える体裁をとるが、例言としては「戦戦兢兢、深淵に臨むがごとく、薄氷を履むがごとし」などなど、人口に膾炙したものが多い。
 筆者の幼少期、父親に叱責され正座をもさせられながら聞く小言の締めくくりは「孝経」の一節であった。「身体髪膚、之を父母に受く、敢えて毀傷せざるは、孝の始なり。」意味もわからぬまま足の痛みに気を取られ、時を過ごしたのであろうか。長じてより、その後に続くことば、「身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは、孝の終はりなり。」を確認した。
 何を為すのが「孝行」か。それぞれ思いは違うであろうが、学生でも幼児にでも出来得る「孝行」はある。日常生活の中で暴飲暴食を慎み、また手洗い・うがいを励行し、健康に留意する。道路を横断するにあたっては、左右の確認を充分に為し、自らの身は自らで守るのである。健康を保持し、身の安全を確保する。これも立派な親孝行である。遠方に住し、年に一度の帰省もままならぬ者は、親に電話の一本を入れ無事を報告するのも「孝行」ではないか。
 尊徳先生は自ずから発する思いが「孝」であり、何れの階層、何処の地であろうとも「孝行」は不変であると歌う。
 尊徳先生を敬仰する佐々井先生はこの道歌の解説の中で、「親が子に対して孝行せよと要求するのは愚であるが、教師が親子一体の徳を教えることは、個人が社会に対して公徳を守れということと同じことである。」と断した。


一月のことば
故道(ふるみち)に積(つも)る木の葉をかきわけて
天(あま)照(てらす)神(かみ)の足跡(あしあと)を見ん
 この道歌の題は「故きを温ねて新しきを知る」。ご承知の通り『論語』為政篇の箴言である。
 わが道を行くと勇んで進むは良いが、われわれ俗人は往々にして道に迷い立ち止り、選択の判断を違えることあるのが常であろう。
 やはり原点に戻らねばと後には気づくのであるが、先を焦り、迷路に入り込み立ち往生することも多くある。
 尊徳先生のこの道歌は『夜話』や『語録』にも見られるが、佐々井信太郎先生の解説には「(この歌には)報徳仕法の根本意義が詠み込まれているからである」と記されている。
 更に「我々の先祖が大地を切り開き、積小為大の思いを以て、現在の繁栄を為し遂げたという当然の事実を、現代人はあまりにも見過ごしているのではないか」「大先祖の行ってきた開びゃく(開闢)をして余徳を積み立てる法を行いさえすれば、それが先祖の行ってきた道だから、先祖が積徳の功を挙げたように復興し、先祖よりも大きな文化を高揚し得る。これで自分は再興した、この再興法を行わしめる、それが報徳仕法である。二宮先生はこう考えた」と続く。
 しかし、この道歌は祖先が開びゃくの業を為し、営々と築き上げた文化遺産を更に積み上げ、励めと伝えるだけではない。「故きを温ねる」には祖先の辿ってきた道、わが国の成り立ちを考えるのも当然のことながら、やはりわれわれが今現在受けている恩恵に対する「感謝」が必要だと諭されているようにも思える。
 日常、朝起きて食事を済ませ、出勤・登校し、職場、学校で半日を過ごし、また帰宅し、夕食、入浴、就寝といった何でもない当たり前の一日を、何を考えるでもなく過ごすのが常であろうが、その何でもない日々の生活を支えてくれている人の勤労、奉仕、愛情を無下にはできない。例えわが親であっても、そこには感謝の念を持ち、礼を尽くすのが人の道である。
 「感謝」を忘れるでないぞ。更には自らの徳を積んで、世の為に尽くせよという思いで、尊徳先生はこの歌を示されたのではないかと思う。
 新年を迎えれば、多くの人々が産土社や崇敬神社に初詣でと称し参拝する。日本の祖先神への崇敬は勿論大切なことではあるが、年頭にこそ両親やわが身を支えてくれている人びとへの感謝に心致すべきである。
 「積もる木の葉をかきわけて」みれば、天照大神様の神恩だけでなく、身近な人びとの「徳」が見えてくるはずである。


十二月のことば
   一に譲道
禽獣は争奪を専らにし、僅かに生活を得て礼譲の道なし。
故に古へより以来一日も安んずるを得ざるなり。

 私たちが勉強して知識やものの考え方を身につけたり、スポーツを通じて身体や精神力を鍛えたり、文化活動に打ち込んで感受性を養ったりするのは全て、平和で豊かな生活を送るのに必要だからです。親が一生懸命働き、心を砕いて子育てをするのも、やはり子供が平和で豊かな生活を送ることを願ってのことです。平和で豊な生活を送るには、ではどうすればいいのでしょうか。
 動物は農業を知らない、あるいはできないので、常に他の動植物を食して自らの生命を維持し、種の保存を計ります。極端なケースでは、えさとなる獲物を奪い合ったり、食うか食われるかの戦いをして勝った方がえさを口にし、負けた方が命を落としてえさとなるのです。その様子からはとても礼儀や推譲の姿は想像できません。
 私たちも生きていくためには他の動植物を食べて、つまり他の生命を奪わなくてはなりません。私たちはたまたま人間として生まれたので、とって食べられることはないのですが、もし牛や鶏に生まれていたなら、当然のことのように人間に命を奪われ、食べられてしまいます。このことを考えるならば、食べ物を粗末にすることはできませんし感謝していただかねばなりません。
 そもそも感謝の「謝」は、あやまる、わびる、という意味で、謝罪する、謝意を表して辞任するというように使います。その「あやまる、わびる」という気持ちを感じることが「感謝」であり、単にお礼を述べるのとは異なると私は考えます。食べ物を頂くということは命を奪うということなのですから、お詫びの気持ちを感じるのはもっともです。
 私たちはもちろん生きていかなければなりませんから、他の生命を奪うことになります。しかし、本能の赴くままに、我欲の赴くままに他の生命を奪い、「感謝」の気持ちを持つことができなければ、その時その時必要なもの、ほしいものは手に入るかも知れませんが、心安まることはないでしょう。なぜなら、次は自分が狙われる番だ、自分が命を落とす番だということが、自ずとわかるからです。
 平和で豊かな生活を送る。これが私たちの切なる願いです。本能や我欲の赴くままに、奪い合っていたのではとても平和な世の中を作ることはできません。様々な先端技術が日進月歩する今日、農業こそ国を築く大本であるといえば意外に感じるかも知れません。しかし、農業は天地と人間の壮大なコラボで、これによって計画的に食糧を確保し、奪い合いを阻止し、よって心の安らぎにもつながります。何よりも人間がその分を弁え、一生懸命努力しなければ実りはありません。そだからこそ少しは蓄えを作り、将来のために備え、ひいては社会のために役立てようという考えにもつながります。礼節をもって推譲する気持ちは平和で豊かな生活の基本ではないでしょうか。


十一月のことば
礼法は人界の筋道なり。
人界に筋道あるは譬へば、碁盤将棋盤に筋あるが如し。

 寸分の狂いもなく、等間隔に、そして縦横にスッと伸びる直線。「碁盤の目のように」といえば整然とした様を表します。縦横19本の整然と並ぶ直線があって初めて碁は成立し、縦横各9列の整然と並ぶ直線があって初めて将棋を指すことができます。これと同様に礼法ができていなければ人間世界も成り立たないというのが今月のことばです。
 礼法とは礼儀作法であり、挨拶や返事、人との相対し方、態度です。およそ人と人との交わりは、礼に始まり、礼に終わるものでなければなりません。礼が正しく行われれば姿勢も正しくなり、心も正しくなります。私たち一人一人に正しい心が備われば、争いやもめ事は自ずとなくなります。
 武道においても「礼に始まり、礼に終わる。」と言われます。戦国時代においては、刀剣を持った兵士が肉弾戦を繰り広げ、正に生死を賭けて戦いました。この戦いの技術の集大成が現在の武道に受け継がれているのですが、稽古に当たっては、正しく礼が行われなければなりません。理由は簡単です。正しく礼を行うことによって心が正され、冷静でいられます。いかなる武道でもスポーツでも冷静さがなければ負けてしまします。戦国時代の兵士であればつまり命を失うことになります。私たちの日常生活でも冷静さを保つことは大切で、これを失うと、「ついカッとなって」過ちを犯します。
 武道は一見戦いのための技術ですが、その本質はいたずらに争いを求めることにはありません。「武」という漢字の成り立ちは、「戈(ほこ:長い柄の先端に両刃の剣をつけた武器)」と「止める」の文字の組み合わせで、人と人との争いを止め、平和と文化に貢献する、和協の道を表した道徳的内容を持つものです。真剣勝負においては心を正し、冷静な判断ができなければならないと同時に、日常的な人との交わりにおいて礼を正し、冷静に振る舞うことは武道の本質に則ったことであり、平和と文化に貢献する基礎であります。
 授業や部活動の開始に当たって姿勢を正して礼をすると心が冷静になり、集中力が高まります。このような心の状態で勉強や部活動に臨んでこそ成果が上がり、上達も早くなります。武道やスポーツに当たっては危険回避にもつながります。集中力を欠いた状態では大きな怪我や事故につながると言うことは想像に難くありません。
 本校においても一日の、そして授業の始まりと終わりに正しく礼をするようにしておりますが、この重要性も理解できると思います。立っていても座っていても、腰骨をシャンと立てて、下腹にぐっと力を入れれば凛とした姿勢になります。これは「立腰」と言って正しい姿勢のポイントで、礼法の基本となる姿勢です。椅子に座るときは背もたれにもたれかかるのではなく、自分のおしりで座って腰骨を立て、自分で自分の身体を支えたいものです。自ずと心が正され、人界の筋道としての礼法が生まれます。

十月のことば
盛衰治乱存亡の本源は

     分度を守ると守らざるとの二つにあり。

 報徳思想においては、推譲を実践して、世のため人のために役立ってこそ価値があると考えられています。しかし、よほどしっかりとした決意と工夫がなければ推譲できるだけの余財を蓄えることはできないのではないでしょうか。二宮尊徳は六百余村の復興を手がけたと言われますが、江戸時代の農業用機械など存在しない時代にどうしてそのようなことができたのでしょうか。
 二宮金次郎は14歳で父が、16歳で母が亡くなり、幼い2人の弟を抱えてなすすべもありませんでした。弟2人は母の実家に引き取られ、金次郎自身は伯父万兵衛宅に引き取られ、一家離散と成りました。この時金次郎は一家再興を決意し、伯父万兵衛宅に身を寄せつつも時間を作っては勉強し、田んぼの畦に捨てられた苗を空き地を開墾してここに植え、菜種を自分で栽培しては行灯用の油に代えて自分の勉強を支えました。ここには金次郎の一家再興に寄せた大きな決意がありました。
 また、26歳で家老服部家の若党となった金次郎は、奉公の傍ら、さらに勉学に励みました。江戸末期のこの頃、相次ぐ天災や商業経済の台頭によって武家といえども家計が大変苦しくなり、奉公先の服部家も例外ではありませんでした。金次郎は29歳の時、「服部家家政取直趣法帳」という立て直し計画を作成しました。金次郎32歳の時、服部家より、家政立て直しの依頼がありましたが、身分制度の厳しいこの時代に農民出身の金次郎が武家の立て直しを指導することの厳しさは金次郎自身、最もよくわかっていました。
 藩主大久保忠真公の分家に当たる宇津家桜町領の復興を命ぜられたときには、悲願の末果たした一家再興によって手に入れた自宅と農地全てを処分して得たお金を復興資金としました。
 大きく3つの機会を捉えて金次郎の決意の大きさ、強さをを感じることが出ませんか。私などは自分で決意したことすら、その場その場の都合で揺らいでしまいます。
武士の戦場に出でて野に伏し山に伏し、君の馬前に命を捨つるも、
一心決定すればこそ出来るなれ。
                                   『二宮翁夜話』
 世のため人のため役立ち、これを自らの喜びとできればすばらしいことです。しかし、自分が苦労して働き、蓄えた余財をなかなか人のために役立てることはできません。分度を立ててこれを守るのが、推譲のための余財を蓄える工夫です。これはことばとしては誰にも理解できますが、実行するとなるとそう簡単にはいきません。だからこそ「決意」、「一心決定」が必要なのです。我々も金次郎が強い決意をもってことに当たったというのを見習って、揺るがぬ決意で分度を守り、将来に備えましょう


九月のことば

丹誠は誰しらずともおのづから
         秋のみのりのまさる数々
       
 「人知らずして慍(うら)みず 亦(ま)た君子ならず乎(や)」論語の学而編第一冒頭部分最後に来ることばですが、私はいつもこのことばに励まされます。中国春秋時代の学者・思想家である孔子は、いずれは国家に役立つ要職に就き、万民が平安に暮らせる国家を作ることを目標にその機をうかがいつつ、長年勉強を重ねました。しかしながら、なかなかそういった機会には恵まれず、天下国家を動かしうる要職につくことなく一生を終えました。
 私たちはそれぞれ夢や目標があり、その実現のために日々努力しています。勉強もそうですし、部活動における厳しい練習やトレーニングも全て自分の夢や目標を達成するためであり、他人の目にどう映るかを第一とはしません。自分の思いが通じないとき、物事がうまく進まないとき、「こんなに一生懸命しているのに誰も私の苦労をわかってくれない。」と思うこともありましたが、不満な表情をしたり、怒りを露わにするだけでは物事は解決せず、「自分の可能性を信じて努力すればそれいいのだ。結果は後からついてくる。」と思えるようになりました。
 9月を迎え、厳しい暑さも収束に向かいつつあります。秋といえば実りの季節ですが、農作物の収穫について簡単に考えてみましょう。田んぼも畑もまずは苗を植え付ける前の土壌作りから始まります。まだ春が訪れる前の寒い時期かも知れません。それから春、梅雨、夏と季節は巡り、雨の日も風の日も、真夏の暑い日も、草を取ったり肥料を入れたり、黙々と農作業を続ける農家の方の姿が目に浮かぶようです。日照りが続いたり、夏場に雨が続いたり、また、収穫目前には台風の季節もあり、人間の努力ではどうすることもできない自然のことにも心を砕かねばならず、気苦労だけでも大変です。
 農家の人々は常に不安や期待の入混ざった気持ちで日々を過ごし、朝早くから一日中、その時期に応じて、天候に応じて様々な作業をして初めて秋の実りを迎えます。暑さや寒さ、あるいは疲れに負けて一つでも手を抜き、作物の世話を怠ればそれがそのまま収穫に影響します。ひたすら豊作を目指して努力するのが丹誠ではないでしょうか。
 この丹誠は何ごとにおいても同じく重要で、実り多い学園生活、実り多い人生を送るために、自らなすべき事に前向きに取り組んでいけば、自ずと目標は達成され、その成果も大きなものになります。もちろん苦労はつきものでしょうが、私たち一人一人の夢を達成するために丹誠込めて自分を磨くのであり、そう思えばまた頑張れるのです。
 おそらく私たちの敵の一つは「ものぐさ」ではないでしょうか。「エー、こんなことしなければならないの?」という消極的な気持ちが先行すると何も進みません。ものぐさは自分の心の中にあり、これを退治し、なすべき事を積み重ねれば自ずと実りは立派なものになるでしょう。ものぐさ退治と積小為大、夢に向かって!

八月のことば

はや起きにまさる勤めぞなかるべし
       夢でこの世をくらし行く身は

 人間の生命は神聖です。「天地創造の主であり、全知全能の神が創り給うたのだから、人間の生命は神聖である。」と、キリスト教世界では明確にその理由が示され、受け入れられています。この神聖な生命の始まりが朝なのです。
 朝という漢字の成り立ちを考えていましょう。左の部分、つまり偏(へん)は。「十」+「日」+「十」、右の部分、つまり旁(つくり)は「月」です。こじつけかも知れませんが、「朝」を左上の「十」を起点に右回りに詠むと、「十月十日(とつきとおか)」となります。これは母親の胎内で受精が起こり、新たな生命が誕生し、その赤ちゃんが母親のおなかの中に留まる期間です。つまり、神聖な生命が誕生する瞬間が「朝」であり、また一日の始まりなのです。
 皆さんは朝日をご覧になりますか。時には東の空がオレンジ色に染まり、その中を太陽が刻々と登り、見る見る間に夜が明けます。最も強く自然のエネルギーを感じさせてくれる天体現象かも知れません。
 はや起きを続けるということは日々神聖な天体現象に触れて天のエネルギーを頂くと共に、その日の始まりが早くなり、長い活動時間を確保できるということです。我々には多くの夢があり、時間はいくらあっても足りないはずです。
 過ぎ去った時間を取り戻すことはできません。何かに躓き、何かに失敗したときにはこれが痛いようにわかります。しかし、普段はなかなかわかりません。だからこそ、時間を大切にしなくてはならないですし、日々、はや起きをして活動時間を確保しなければならないのです。
 さて、私たちにはそれぞれ、いろんな夢があります。クラブ活動に目標を置いている生徒、勉強、特に進学に大きな目標を置いている生徒、そして様々な人生設計。あなたの目標、夢は何ですか。どんなことであれ、簡単には実現できないのではないでしょうか。運動部であれ、文化部であれ、何らかの技術を身につけようとすれば、辛い練習を乗り越えなければなりません。時間もかかれば、時には嫌になって投げ出しそうになることもあります。
 しかし、そんなときも「いや、自分には夢がある、目標がある。」と、気を取り直してまた頑張るのです。
 朝、これは私たちに夢を実現するエネルギーを与えてくれ、がんばれよと励ましてくれる天からの贈り物です。皆さん、今月のことばを胸にはや起きを実践し、夢に向かって突き進みましょう。


七月のことば

翁曰く、それ譲は人道なり。今日の物を明日に譲り、今年の物を来年に譲るの道を勤めざるは、人にして人にあらず。

 尊徳翁は、譲るという行為は人間にしかできない行為として教えました。これを、人間の手の構造と鳥・獣の手(足)の構造を比較し、「人間の手は自分の方に向いて、自分の方に物を引き寄せることもできるが、相手に向けて相手の方に押しやることもできる。動物の場合は自分の方に引き寄せるのみで、相手の方に差し出すようには使えない。」という説明しています。つまり、推譲は人間にしかできないことであり、だからこそ推譲を実践しなければ人間としては失格であると厳しく教えました。
 鳥獣の手はこれに反して、唯我が方へ向きて、我に便利なるのみ。されば人たる者は他の為に押すの道あり。然るを我が身の方に手を向け、我が為に取ることのみを勤めて、先の方に手を向けて、他の為に押すことを忘るゝは人にして人にあらず。則ち禽獣なり。
『二宮翁夜話味講』

 大きな器に水を入れ、向こうに水を押しやれば水はその時は一時的に向こうに流れますが、やがて流れ帰って水の深さは均一になります。右の方に押しやれば水は右方向に流れますがやがて元に戻って水の深さは再び均一になります。器の中の水だけではなく、世の中のあらゆるものが同じように動き、推し譲っても損はなく、奪っても何の利益もないと尊徳翁は教えました。
  これを悟れば奪つて益無く、譲つて損無し『二宮翁夜話味講』
 尊徳翁はまた、夜話の「湯船の教訓」で、気持ちの上での譲りを説いています。
  それ湯船は大人は屈んで肩につき、小人は立つて肩につくを中庸とす。『二宮翁夜話味講』

 『二宮翁夜話』の著者福住正兄氏は箱根湯本の温泉旅館を経営しており、寛永5年の正月、尊徳翁がここに宿泊し、温泉に入ったときにお弟子さんに諭したことばの中にこれがあります。湯船の深さは子供は立って肩までつかり、大人は屈んで肩までつかるのがちょうどよいということで、力も身体も大きい大人が屈んで、子供にちょうどよいお湯の深さに合わせることの意味を考えさせられます。身体も、力も何もかも子供に勝る大人が子供に合わせるということが譲りです。子供が大人に合わせることを譲りといえるでしょうか。大人が譲って子供合わせるからこそ、幼い子供たちはかわいらしい表情を見せてくれるのでしょう。
 巨額の富があっても、この富の持ち主に譲る気持ちがなければその富が世の中のために役立つことはありません。ゴミを拾ってその場をきれいにする気持ちの持てない人には譲る気持ちは持てません。「自分が落としたゴミでもないのに、どうして片付けなければならないのか。」多くの人が抱く疑問です。自分の労力を、自分の時間を少しでかまいませんので、他人のために使いましょう。これが「譲道」の基本です。「面倒だ。」や「自分の出したゴミではない。」というのは譲道の大敵です。教室をきれいにすることは、報徳学園では特に大切です。これが推譲の実践であり、譲る気持ちを養う基本だからです。


六月のことば

推譲の道は百石の身代の者、五十石にして暮らしを立て、五十石を譲るを云ふ

推譲の道は人道の要であると私は考えます。わかりやすく謂えば電車で席を譲ったり、前から来た人に道を譲ったり、親が財産を子供に譲ったりという例を挙げることができます。すべてあたりまえのことですが、気持ちの上での譲りが無ければ実践できません。考えてみれば自分が苦労して蓄えた財産を他人に譲る等、普通はできないのかも知れません。しかし、二宮尊徳の足跡をたどるととてつもない推譲の精神と実践が見られます。
金次郎は12歳のころ、病気がちであった父の代理として、酒匂川の堤防工事に出かけますが、もとより子供、大人の働きには敵いません。そこで、何かできないかと考え、一日の堤防工事が終わってから夜遅くまでかかって草鞋を編んで、次の朝にはそれを工事場に持って行って、必要な人に使ってもらいました。金次郎は幼くしてこのように強烈な推譲の精神を発揮していました。
やがて、14歳にして父を亡くし、貧困のため生活は困窮する中、16歳にして母をもなくします。幼い弟二人と金次郎は生活することすらままならず、弟たちは母の生家に引き取られ、金次郎は伯父万兵衛宅に引き取られました。そして、金次郎は一家再興を決意したのでした。
伯父万兵衛宅で農業を手伝う傍ら、様々な苦労を乗り越えて熱心に勉強し、18歳で伯父万兵衛の家を出て独立、その後失った田畑を買い戻し、文化7年(1810)、金次郎24歳の時、1町5反ほどの地主となり、見事一家再興を果たしました。
藩主大久保忠真公の命を受け、桜町の復興に取り組むことになった尊徳は、文政6年(1823)、苦労の末再興を果たした二宮家の田畑と屋財貨材のすべてを売り払って復興資金として、文字通り決死の覚悟で復興に赴くのでした。
例えば毎月30万円の給料があるとして、半分の15万円に生活を切り詰め、残りの半分を自分や家族の将来のため(=自譲)、そして他の人々や社会のために役立てよう(=他譲)と、貯金等に回せますか。そしてその半分を快く他譲できますか。
「百石の身代の者、五十石にして暮らしを立て、五十石を譲る」という推譲の道、尊徳翁は文字通り50%の推譲、あるいはそれ以上の比率の推譲を実践してきたのでしょう。幼くして両親を亡くし、苦労する中にも希望と目標を見失わず、まずは自分にできることに懸命に取り組みました。その中で、『人間は自己一人の生活を全くするだけではなく、他の人々に尽くしてこそ、人間といえる。』と悟ったのです。『これからは自分のことよりも、世のため、人のために尽くすことを第一に考えよう、「自他の振り替え」をやるんだ。』(二宮尊徳の生涯と報徳の思想、黒田博)
自己の収入の半分を推譲するという尊徳翁のことばは、生涯実践してきたことに裏付けられた、重い重いことばなのです。


五月のことば

それ譲つて損無く、奪つて益無き根元を案ずるに、見れども見え難し。

動物の子供が誕生する様子を見たことがあるでしょうか。幼いころ、家族で六甲山牧場に行ったとき、たまたま牛の子供が生まれるところを見たことがあります。子牛は生まれて数分後、羊水(子宮の羊膜内を満たして胎児を保護し、出産時には分娩を容易にする液。羊膜液)も乾かないうちに母牛のお乳を求めて自力で立ち上がるではありませんか。子供ながらに感動を覚えました。
これに反して人間の赤ちゃんは、生まれたときは眼もみえず、はいはいができるようになるにもずいぶんと時間がかかります。それでも、「這えば立て、立てば歩めの親心」といわれるように、親は一生懸命子育てをします。お乳やミルクを与えてもらい、おむつを替えてもらい、お風呂に入れてもらい、自分の命を維持し、成長するために必要なすべてを親の丹誠に依存するのが人間です。
やがて、幼稚園や学校に通うようになると、「自分のことは自分でしなさい。」と自立を促されます。自分一人では何もできないところから出発して、少しずつ自分で何かが出来るようになり、やがて自我が生まれてきます。多くの人の愛情を一身に受けて、つまり徳を頂いてようやくここまで成長してきました。
人間は他の動物と異なり、自分では何一つできないところからスタートします。そして自我に目覚め、その時点で他者の存在も認識できるようになります。これから先は他者と調和することを身につけなければなりません。調和するためには自分の特質に磨きをかけると共に、他者の特質を認め、受け入れなければなりません。ここで不可欠なのが「気持ちの上での譲り」です。
例えば、冬の寒い日に友達と一緒に大きなお風呂に入ったとき、温かいお湯を自分の方にかき寄せるとそのお湯は一見自分に向かって流れてくるようですが、それは後方へと流れ去ってしまいます。しかし、前方にいる友達の方へお湯を押しやるとそれはいずれ跳ね返って自分のところにも流れてきます。自分の方にかき寄せるということはつまり奪うことを象徴しており、お湯は流れ去ってしまうのですから何の益もありません。押しやるということはつまり推譲を象徴しており、お湯はいずれ自分の方に戻ってくるのですから損はありません。一見損をするようですが、見かけに反して損はしないということです。
人間はどうしても見かけにとらわれるので、その奥にある本質は見えがたいものです。無理矢理自我を通せばその時は得をしたように感じられるかも知れませんが、結果的にはそうとも限りません。他者を尊重し、進んで受け入れる方が全体の調和が成り立ち、多くの人によい影響が及ぶということがあります。繰り返しになりますが、特に中学生、高校生の皆さんが今金品を推譲する必要はありません。それは大人に任せて、「気持ちの上での譲り」を身につけて下さい。そして少々譲っても揺るがないだけの自分作りをして下さい。


四月のことば

 はるの日に四方(よも)の山々雪解(ゆきげ)して
        ふもとの流れ幾代(いくよ)経(ふ)るとも

 これは尊徳翁の道歌の一つですが、『解説二宮先生道歌選』(佐々井信太郎著、一円融合会)によると、天保3年(1832年、46歳)の日記に類歌3首と共に記されており、その中に次の1首があります。
 はるの日に不二の白雪和らぎて、ふもとの流れ幾代経るとも
 古来霊峰と崇められた富士山の雄姿は、真っ白く輝く雪とふもとの樹木の色の鮮やかなコントラストにあります。厳しい冬の間に降り積もった雪が春の暖かい日差しを受けて雪解け水となり、ふもとの田畑を潤します。そしてこれは来る年も来る年も繰り返され、大自然の絶大なエネルギーが感じられます。
 およそ自然界は、一見相反する2つのものが一組になって様々な作用をしています。電気はプラスとマイナスがあって初めて動力源となり、明暗、寒暖、天地、陰陽など、すべて一方があって他方が生じ、それぞれの特質を発揮して新たな効果が生まれます。
 報徳思想ではこうしたものの見方を「一円観」と称し、それはつまり調和であり、調和する様を「一円融合」といいます。
 自分を定めると他者が生じます。自分の利益だけを優先させると他者の利益を奪うことになります。つまり対立が生じます。調和とはそもそも、異なる性質を持ったものが、それぞれの特性を発揮し、それをうまく組み合わせることによって全く異なる作用を生み出すというものです。私たちはそれぞれ持ち味があります。勉強の得意な人、物作りの好きな人、体力に自信のある人、面倒見のいい人、慎重に計画をたてる人、……。一人一人の持ち味、つまり「徳」が様々な形で生かされている姿が「一円融合」です。
 思うに、「一円融合」に至るには大きく2つの要因があります。まずは他者の特性を受け入れることです。これは相手の特性を認めることであり、気持ちの上での「譲」です。もう一つは一人一人が努力して、世のため人のために役立つ何かを身につけることです。これは自分の「分度」を定め、確実に実行することです。分度を守り、推譲を実践することで一円融合の調和の取れた社会を目指す、尊徳翁の思いはここにあったのではないでしょうか。
 今月のことばに戻りますが、山に積もった雪と春の暖かい日差し、これは対立ではなく調和です。人間社会においても、一人一人がその徳を発揮して、調和の取れた社会が「幾代経るとも」続いてほしいという、万人の願いが込められているのではないでしょうか。
 新学年です。「一円融合」を目指して「分度・推譲」の実践を決意しましょう。


三月のことば
きのふけふあすと浮世の丸木ばし
よくふみしめてわたれ旅人

 人間は人生の大海を放浪する旅人。明日は何処に。三月は別れの季節とも言われますが、本校でも高校3年生が卒業し、それぞれ人生の大海原へと旅立っていきます。風に吹かれ波にさらわれるがままに生きていたのでは、水面に浮かぶ根無し草のごとく、ふらふらとさまよって、それこそ「明日は何処に」となります。
 昨日から今日、今日から明日、明後日、そしてまた次の日へと時間は過ぎていきます。来る日も来る日も我々が丸木ばしを渡っていくのですから、1日1日足下を定めて慎重に歩を進めなければ転落してしまいます。この世の万物はすべて生滅流転して、はかないものだということを無常と言いますが、それが世の中の実相です。
 二宮金次郎は天明7年(1787年)7月23日、相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市)に農家の長男として生まれ、大久保忠真公との出会いによって小田原藩士となり、桜町領の復興を果たし、最後は幕臣となって日光神領の復興を拝命しました。名前も元々は「金治郎」でしたが、後に公式の文書では、「金次郎」と書くようになったようです。さらに56才で幕臣になり、その頃から「尊徳(たかのり)」という名乗りを用いるようになりました。このように尊徳翁の人生にも幾多の変遷がありました。
 さて、このように不安定、不確実な「浮世」がこの世の実相であるとするなら、安定した人生を送ることはできないのでしょうか。尊徳翁の実践を見てみますと、先ず、小さなことでも自分にできることを、誠意をもって行いました。幼少のころ、酒匂川の治水工事に病気がちの父の代理として参加しましたが、子供ゆえ十分な力仕事ができず、これを補おうと夜ごとわらじを編んではそっと差し出し、誰にでも使ってもらえるようにしました。
 金次郎14歳の時に父利右衛門が病死、16歳の時に母よしが亡くなり、金次郎は伯父万兵衛方に、弟2人は母の実家に引き取られ、一家離散となりました。ここで金次郎は一家再興を決意します。伯父万兵衛宅に身を寄せ、農作業を手伝う傍ら、読書にいそしみ猛勉強しました。薪を背負って読書する金次郎像は有名ですが、臼を引くためにその周りを一回りし、大きな声で書物の一節を朗唱する様から、「ぐるり一遍」というあだ名がつきました。
 文化7年(1810年)、24歳にして1町5反の地主となり、悲願の一家再興を果たした金次郎は、その後も服部家や桜町領等の復興を手がけて行くのですが、常に「分度推譲」を徹底しました。「入るを計って出るを制す。」と言うように、収入に応じて分度を立て、一貫して分度に基づいた生活をすることによってのみ、この浮世にあって少しでも安定を得ることができるのです。
 人生にリハーサルはありません。一度きりの人生、今日の収入を明日のため、家族のため、子孫のため、世の中のために、推し譲る生き方を。


二月のことば
 人の人たる道
蓋(けだ)し人の人たる所以の者推譲の道あるが故なり。
一日も推譲の道なくんば何を以て禽獣に異ならん。

 尊徳翁が思うに、人が人として存在する理由とは、推譲の道を歩み実践することにあります。至誠勤労、分度推譲、積小為大、報徳学園の生徒はこの3つの四文字熟語にはなじみがありますが、中でも推譲の実践こそが人間の真価であり、動物と本質を異にするところなのです。
 日々コツコツと努力を重ね、一旦分度を立てれば一心決定をもってこれを守り、その結果自分の生活を支えてあまりある財産を持ち得たなら、その余財はどのように使えばよいのでしょうか。江戸時代の農村の生活を考えてみますと、現在のように農機具も科学も発達しておらず、すべては人の手で作物を育てていました。田植えも、草取りも、肥料を入れるのも、暑い日も寒い日も、それは重労働だったでしょう。農業に従事する人々の大半は自分の生活を繋ぐのがやっとで、余財を生み出すというのは至難のことでした。しかし、中には贅を極める生活を送るような人もいました。農民の出身でありながら幕府の仕事の一翼を担うまでになった尊徳翁はこの両端の生活を見聞し、その上で万民の生活を向上させるというところに思いが至りました。
 華やかな生活を追い求めるあまりに分度を忘れ、武家屋敷といえどもその経済は大きく傾き、復興するには並々ならぬ努力を要しました。過度の年貢や天災が続いたということも大きな要因でありましたが、農村では人々が農業を後回しに目前の享楽を追い求めるようになっていました。このような武家屋敷や農村の復興を数多く手がける中で、日々分度を守って生活し、余財を産み出して明日の生活のために譲るのが分度推譲の基本であると、尊徳翁は確信したのでしょう。
 さらに、分度推譲は豊かであってもそうでなくても、それぞれの立場でできることであり、それぞれに応じてしなくてはならないことです。豊かだからと分度越えて、推譲を忘れて生活すると富を失います。小さな推譲であっても日々これを実践することにより、推譲の精神が身につき、自己中心的な考えや行動を乗り越え、精神的な変革につながるのでしょう。
 推譲の精神が宿ってこそ人間であり、これが動物と人間が一線を画するところです。未来を見据えて今日のものを明日に譲り、自分が努力して蓄えた財産であってもこれを他人のために役立てる、なかなか難しいかもしれませんが、計画的な譲りはまさしく人間特有の行いです。
 小さなことでも日々続ければこれは身につきます。「譲る気持ち」を身につけるため、日々努力、また努力!


一月のことば
分度を守る
  武士の戦場に出て野にふし山にふし、
     君の馬前に命を捨つるも、
         一心決定すればこそ出来るなれ。
 分度を守ることにおいて、あらゆる努力をして、万難を排してこれを守るという強い決意がなければ、尊徳翁が目指したような革新的復興はできなかったでしょう。
 二宮尊徳の農村復興を見てみると、一つには様々な制度や器具の改善がありました。例えば年貢米を計る斗枡です。尊徳が服部家の復興に取り組んでいたころ、小田原藩には斗枡が18種類もあり、そのため農民は不便と不利益を余儀なくされていました。1俵は4斗として計ることになっていましたが、役人の不正などにより、実際にはずいぶんと余分に年貢米をとられていました。そこで尊徳は扱いやすい斗枡を考案して、その結果役人にとって計量の手間が省けただけではなく、余分な年貢米がとられないので農民の不満は解消、「領内全体で五千俵が農民の利益になった」そうです。
 しかし、このような、制度改革だけでは真の復興には至りません。次の一節から尊徳翁の目指した理想がうかがえます。
 金次郎は個人を超え、農民の「わく」にとどまらず、大きく社会を見つめ、全体の幸福を目指して動いていた。彼は士・農・工・商すべての人々の人間としての「つながり」を大切にし、お互いに助け合い、譲り合う相互扶助の精神で、平和で豊かな社会、道徳と経済の一致する社会の建設を実現することを念願し、その一つとして考え出したものである。
                   (黒田 博、『二宮尊徳の生涯と報徳の思想』)
 ここに著されているような理想社会を実現するためには、人間の心の改造が出発点にならなければなりません。荒れ果てた農村では、人々は酒や賭博におぼれて、農作業は手つかずの状態になっていました。農作業に伴う困難から逃げ、遊興が身についてしまうと、この人たちの心に勤労の火を再びともすのは並大抵のことではありません。しかし、尊徳翁の農村復興は、すべてにおいて人間の心の改造が出発点になっています。

 我が道は人々の心の荒蕪を開くを本意とす。

 武士や兵士が戦場に出て、君主や国家のために命も省みず戦う、この心境はいかばかりのものでしょう。どんなことがあってもやり通すという強い決心と、自らの命をも捧げるという覚悟があればこそのことでしょう。尊徳は、この武士の「決心・覚悟」をもって農村復興にあたったに違いありません。しかし、基本は個々の人間が日常において、自分の分度を守り、日々これを積み重ねることです。自分の小さな分度を確実に守る、これを日常的に実践することこそ武士の命を張った一心決定につながるのだと思います。


十二月のことば
分度を守る
  盛衰治乱存亡の本源は
     分度を守ると守らざるとの二つにあり。
 報徳思想の本源は、「分度推譲」ということばからもわかる通り、自己中心的な考えを排除し、『自利利他』の精神を中心に据え、譲り合い、助け合いによって誰もが平和で豊かに生きることのできる、理想的な社会を実現することにあります。そのためには以前にも紹介した次のことばを忘れてはなりません。
  我が道は恕(おもいやり)をもって要とす
 思い遣りとは「他人の身の上や立場になって親身に考えること。また、その気持ち。」(明鏡国語辞典)であり、この心がなければ『利他』の精神を実践する段階には立ち至りません。国際化が進み、いかなる経済活動も商活動も一国では成り立たなくなっている現代社会を見渡すと、世界中で自利を優先させようとするあまり、紛争が絶えなくなっていることがわかります。ことばで激論を交わし、戦うのは大いに結構でしょうが、人間が人間の命を傷つけ奪い合う戦いに発展してはいけません。
 さらに、尊徳翁は「思い遣り」とはいわず、「恕」とされました。これはひと言で言えば「許す心」であり、これがベースになっての思い遣りなのです。親鸞聖人は「善人はすでに救われている。悪人こそ救われるべきである。」と考え、実践されました。ここでも「思い遣り」を通り越した「恕=許す心」がベースになっているのではないでしょうか。
 さて、以上の通り他人を思いやる心が人を救い、世の中を変える原動力であるということがおわかりいただけると思います。そして、報徳思想の指し示す道の先にあるのが「理想的な社会の実現」です。道の先に理想社会が見えていても、あらゆる点で分度を守ると守らざるとでそこに至るかどうかが分かれます。
 あらゆる企業や団体が、そして国家が栄えるのか滅びるのか、それぞれが分度を守って活動するかどうかにかかっています。また個人の生活が充実したものになるのか自己破産になるのか、これも分度を守って生活するかどうかによります。
 分度推譲のわかりやすい譬えとして、よく「給料の半分で生活し、残りの半分は自分の将来のためや世の中の役に立てるために蓄えておきましょう。」と説明されます。しかし、分度を守らなければならないのはお金のことだけではありません。一人の人間として、企業として、国として、ここまではしても良いけれど、ここからはしてはいけない、ということがあるはずです。他人を犠牲にして「自利」を追求してはいけません。他人の犠牲に立脚した幸福などあり得ないからです。「ここまで」という分度を見極めるには、「思い遣り、恕」の精神を基準としなければなりません。「思い遣り」と「分度」は切っても切れない関係です。


十一月のことば
変に備へる為なり

 人は云ふ、わが教へ、倹約を専らにすと。  
 倹約を専らとするにあらず。変に備へんが為なり。

 このことはさらに次のように続きます。
 人は云う、我が道、積財を勤むと。積財を勤むるにあらず、
 世を救ひ世を開かんが為なり。

 二宮尊徳は武家屋敷や農村等、実に多くの復興事業を手がけてきましたが、その際には事前に収入や支出、農村であればその土地の状況を綿密に調べ、その上で復興計画を立てました。「入るを計って出るを制す」という経済の原則に基づいて分度を立て、収入に応じた予算を作成し、徹底した緊縮財政を実施したと言われています。
 私たちも勉強や仕事の上で様々な計画を立てますが、なかなかその通りに行きません。突発的なことが発生したり、予想以上に難しかったり、疲れて寝てしまったり、はたまた友達からの誘いを断り切れなかったり、ゲームの続きをしたいなどの誘惑に負けて、計画を変更したことはありませんか。自分自身の反省でもありますが、少し頑張れば計画通りに出来るのに、ついつい怠け心に負けてしまいます。尊徳翁はここを強く戒めたのでしょう。一旦分度を立てたからにはこれを徹底して守り、また、これを守ることが出来るように様々な工夫と努力をしました。それ故600余村とも言われる農村復興を果たせたのです。
 徹底して分度を守る、ここにはやはり尊徳翁の指導者としての決心と覚悟、あるいは厳しさがあったはずです。「先生は倹約、倹約と、倹約のことしか言わない。」とか、「貯金、貯金と、これしか頭にないのか。」というような、不満の声が聞こえてくるようです。なぜこのような不満が出るでしょうか。実行面において多くの苦労を伴うということもありましょうが、目的が理解できていないからです。倹約を専らにするのでも、積財を勤むるのでもなく、まずは将来異変が起きても、自分自身の生活は何とか自分で支える力を一人一人が備えるということです。さらに、蓄えた財産も自分のためだけに使うのではなく、世のため、人のために役立てるという、大きな目的があるのです。
 倹約がなければ財産を蓄えることも出来ませんが、『倹約は、一、物を大切にする 二、心をひきしめる 三、世の中に役立つ―――これに力点をおかれてのことです。』(二宮尊徳のことば)
 倹約そのものの意味と目的を十分に理解し、少しでも世の中に貢献できるよう日々努力していきたいと思います。


十月のことば
飽食の戒め
   珍味と雖(いえど)も飽食すること勿(なか)れ。  
   其の甚(はなは)だしきに及んでは、
   病を起こして死に至る。是れ真理なり。

 毎日のようにテレビや雑誌でおいしそうな食べ物が紹介されています。これを見ると「あんな極上の珍味を毎日おなかいっぱい食べることができればいいのに。」と思うかもしれません。
 テレビ番組と言えば、最も残念に思われるのは「大食い」の番組です。高級なマグロのお寿司などを何十皿と平らげていく様子が頻繁に放送されていますが、一人の人間が一日命を繋ぐのに、そんなに多くの食べ物はどう考えても必要ありません。ましてマグロは生き物であり、このように人間にとって不必要な形でその命を奪って良いものかと考えると残念でなりません。
 食事とは命を繋ぎ、身体をつくり、そして活力を養うのが主たる目的ではないでしょうか。もちろん食べ物のおいしさそのものを楽しむということもありますが、ほどほどでよいのです。度を超して食べると病気になります。「癌」という漢字の成り立ちを考えてみて下さい。「やまいだれに品物の山」と書きます。貪るなかれ。分度を守らなければ何事も成り立たず、人間でいえば病気になり、死に至る事もあるのですが、これが真理なのです。
 少し視野を広げると、今月のことばは食事に限らず何事も度を超えてはいけない、つまり「分度推譲」の精神を言い表しているのです。尊徳先生が弟子たちと共に箱根湯本の温泉に入っている時のことです。弟子に向かってこのように言われました。

 夫(そ)れ世の中汝(なんじ)等(ら)が如(ごと)き富者(ふしゃ)にして、皆(みな)足(た)る事を知らず。飽(あ)くまで利を貪(むさぼ)り、不足を唱ふるは、大人のこの湯船の中に立ちて、屈(かが)まずして、湯を肩にかけて、湯船はなはだ浅し、膝(ひざ)にだも満たずと、罵(ののし)るが如し。                 『二宮翁夜話』より

 湯船は、大人は膝を曲げてしゃがんで入り、子供は立って入って、共に肩まで湯につかるというのがちょうど良いのです。ここには、大人と子供の歩み寄りによって、1つの湯船が両者のために使えるようになるという、推譲の精神が伺えます。身体が大きく、力も強い大人が子供のために譲るからこそできることです。以前にも書きましたが、物やお金を譲るだけが推譲ではありません。まずは「譲る気持ち」を持たなければなりません。
 私たちが自分の利益や幸福を追求するのは自然なのでしょうが、その時に忘れてはならないのが譲る気持ちです。自分が幸せになるために他人に嫌な思いをさせてはいけません。自分の利益のために他者を犠牲にしてはいけません。「自分はこれだけあればよい<分度>、残りは世のため人のため<推譲>」 分度を守り、推譲を実践する生き方を!


九月のことば
   一円融合
  (あめつち)           (ふくじゅそう)
   天地の和して一輪福寿草
   さけやこの花いく世ふるとも

 18世紀にイギリスで起こった産業革命以来、様々な科学技術が発達し、私たちは快適で便利に生活できるようになりました。産業革命はジェームズ・ワットの蒸気機関の発明に端を発したエネルギー革命としての第1次産業革命から第2次産業革命を経て、21世紀にはIT(情報技術)を中心とする情報通信産業が担い手となる第三次産業革命へと進み、二宮尊徳がこの道歌を詠んだ江戸時代からは想像もできないほど、世の中は豊になりました。
 その反面、便利で物質的に豊かな生活を支えるために、石炭や石油といった化石燃料を多量に消費し、さらに原子力まで利用するようになり、大きな問題を引き起こしています。また、道路や鉄道の敷設、新しい町やさらにはレジャー施設の開発などで山林が失われ、自然破壊が進みました。人間が豊かさと便利さを追求するあまり、分度を超えてしまったのです。従って、21世紀において私たちが進むべき方向性は自然との調和でありましょう。
 科学が進歩し、自然現象の仕組みが明らかになるにつれて、天や神様は軽んぜられるようになり、「天に恥じない生き方」も私たちの意識の中では薄れてしまいました。そうなると他人の目も気にならなくなり、「ばれなければ何をしてもかまわない。」とでも言うかのように現代社会には不正や偽装が横行しています。
 天、つまり自然は人間の意識とは何ら関係なく運行しており、草花は時が来れば芽吹いて花を咲かせて実を結び、そして次の世代へと命を繋ぎます。すべての生物を育む太陽の光、水、空気、そして大地の恵み、これらは天であり自然であり、神様のおかげとも言えます。このように自然の運行には「恵んであげるよ」というようなわざとらしさはありません。しかしながら季節は必ず巡り、大自然の法則に基づいて起こるべきことは必ず起こります。これがつまり天道です。
 科学による分析や解明がいかなるものであれ、天のおかげで、自然の恵よって生かされていると実感し、そのことに対する感謝の気持ちを持つことはできないでしょうか。恵みを受けていても「ありがたい」と感じる心がなければ、人道には至りません。
 さて、21世紀に私たちが進むべき方向は天道と人道の調和にあります。私たち一人一人は、必要があって、大自然の法則に基づいて生かされているのです。生を受けたことへの感謝の気持ちがすべての出発点であり、それなら「感謝」に相応しい行動をして、これに報いなければ「以徳報徳」にはなりません。真心をもって(至誠)、勤(勤労)、倹(分度)、譲(推譲)に努めることこそが天道との調和になります。最後にもう一つ、二宮翁夜話から。
  我が道は勤倹譲の三つにあり


八月のことば
   神儒仏の三道 いずれも自ら行い
   その功徳を譲りほどこすほかなし

 江戸時代において神道、儒教、そして仏教は日本人の最も大きな精神的支柱でした。神道は、日本固有の民族的信仰として伝承されてきた多神教の宗教で、自然崇拝と人格神を祭る祖先崇拝が儀式化し、仏教・儒教・道教などの影響を受けながら次第に理論化されました。儒教は中国の孔子の教えを中心にして成立した、仁と礼を根本概念とする政治・道徳の思想と教説で、『四書五経』を重要な経典とします。仏教は紀元前五世紀ごろ、釈迦がインドで説いた教えに基づいて成立した宗教で、迷いと苦しみに満ちた現世を超越し、悟りを開いて涅槃(ねはん;仏教で、すべての煩悩を解脱した悟りの境地。一切の苦しみから解放された不生不滅の境地)に至ることを目的とします。(参考;明鏡国語辞典)
 天明、天保年間には飢饉がたびたび起こり、人間の力ではどうにもならない自然の生み出す試練にさらされたとき、人々は「苦しいときの神頼み」として、神々に助けを求めました。教養のある人々は皆、論語を始め、『四書五経』を学びました。仏門に入り、悟りを開くも自分だけがこれを利用して豪勢な生活を送っても、釈迦の目指したものとは相容れません。
 仮に神様がおられるとして、私たちが努力もせずに自分勝手な欲望を満たしてもらおうと、いかに熱心に願をかけても聞き入れてはくれないでしょう。神様も仏様も、個人が自我を通すための手下にはなってくれません。
 「天は自ら助くるものを助く」これは英国のサミュエル・スマイルズが著した『自助論』の冒頭の一文です。ここでスマイルズは「自助の精神は、人間が真の成長を遂げるための礎である」とその大切さを説いています。まずは自ら努力を!そしてその先には、自他共に平和で豊かに生きる事ができるよう、世の中に役立つ生き方があります。
 さて、神、儒、仏の三道、いずれも人々の生活に役立ち、より良い人生を求めて修養するための道です。「譲りほどこす」、つまり推譲の精神とその実践が大前提になり、私たち一人一人が受け取った功徳を、世の中のために及ぼして初めてこれら三道の意味もあります。
  人ためは善事なり 「人のため」を道と申す
 二宮尊徳全集からの引用ですが、報徳一日一訓には次のような解説が添えられています。
 「どこか人のために生きることなしに、人間本来の道はない。
 ――これが二宮尊徳が70年の生涯を通じてつかみとった人生哲学である。」

 いやしくも神様、仏様の教えを受けるのであれば、自己の利益のみを考えるのではなく、世に広くその功徳が及ぶよう心を尽くさなければなりません。孔子がそうであったように、国を預かり、政治に携わろうとするのであればなおさらであります。私たち一人一人も、どこか人のためになる生き方を模索したと思います。

七月のことば
   遠きを謀る者
   それ遠きを謀るものは、
   百年の為に松杉の苗を植う

 二宮尊徳翁はこの世の中の在り方と、そこへ至る為の道筋と、その道を歩む人間の心構え、事をなすに当たっての姿勢を様々な形で説きました。
 今月のことばは『二宮翁夜話』の一節ですが、翁が描いた理想的な世の中の在り方、つまり理想郷に至る為の道とその道を歩む人間の在り方を端的に表しています。
では、理想郷とは?以前にも紹介しましたが、翁の道歌に次のうたがあります。

 米まけば米草はえて米の花 さきつつ米の実る世の中

 米をまけば米が育ち、米を収穫できるのは当然のことのようですが、これは様々な苦労を乗り越えて初めて可能になるのです。日照不足や豪雨、台風といった自然災害があれば米を収穫することはできず、せっかく植えた苗も手入れが行き届かず、田んぼが草ぼうぼうでは収穫は望むべくもありません。自然の恵みと人民の勤功があって初めておいしいお米ができ、我々は命を繋ぐことができるのです。つまり、自然と人間が調和し、我々人間が努力して生きている姿があってこそ理想の世の中と言えるのでありましょう。
 そして、この理想郷に至るにはなんといっても推譲の精神が不可欠です。松や杉、あるいはその他の材木を使って家や家具を作りますが、今生きている我々が使い放題使ったのでは、自然を破壊し、後の子孫がこれらの資源を使うことができなくなります。「推譲の精神」により現在の資源を後の世代に残し、さらに現在我々が使う分は、植林によって埋めもどさなければなりません。「自分さえ良ければそれでよい」というのではなく、見知らぬ他人のために、自分の子孫のために、ずっと先を見通して事をなすのが、理想郷実現のために我々が歩むべき道であり、本来の人間の姿なのです。
遠きを謀る者は富み、近きを謀る者は貧す。それ遠きを謀る者は、百年の為に松杉の苗を植う、まして春植ゑて秋実のる物においてをや、故に富有なり。近きを謀る者は、春植ゑて秋実のる物をも、猶遠しとして植ゑず、只眼前の利に迷ふて、蒔かずして取り、植ゑずして刈り取る事のみに眼をつく。故に貧窮す。
 『二宮翁夜話』
 夜話においては、以上のように「遠きを謀る者」は富有し「近きを謀る者」は貧窮すると経済的な戒めとして表現されておりますが、ここから「遠きを謀る事」が人道の基本であり、誰もが願う理想の世の中に至るために我々人間が歩むべき道であるという事がうかがえます。
自分自身の貧富のためだけではなく、人の道として今月のことばを味わいましょう。

六月のことば
   親への孝
   人の子たる者は宜しく父母の心を
   安んずるを以て要と為すべし

 両親あっての私たちですから、親孝行しなければならないというのは誰しも理解できます。人として生まれてきたからには両親に心から安心して頂けるよう、自分自身の行動を、そして生活そのものを正すことを最重要課題としなければならないということが今月のことばです。このことばはさらに次のように続きます。
 苟(いやし)も父母の心を安んぜんと欲すれば宜(よろ)しく心を正しうし身を修むべし
つまり、父母に直接孝行をすることも「孝」ですが、最終的には自分自身を大切にし、立派に成長することが大切なのです。親は我が子の成長が何よりの喜びです。
健康な若者は、時間がたてば身体はどんどんと成長していきますが、心は意識して訓練を積まなければ成長しません。なぜなら、人間といえども9割が本能による行動であり、この本能の欲するままに行動していては理性は育たず、他人への影響や迷惑を顧みず、独りよがりの自分勝手な行動に陥ってしまうからです。
 私たちは自我や欲望に打ち克つためにどのような訓練をしているのでしょうか。規則を守ること、宿題などを期限通りに提出すること、テストで合格点を取れるように勉強すること、スポーツにおいてフェアプレイをすること、厳しい体力トレーニングに取り組むこと、目標を達成しようと努力すること、これらはすべて自分の欲望をコントロールし、心を正すことにつながります。
 本校ではクラブ活動が盛んで多くの生徒が日々スポーツに文化活動に熱心に取り組んでおります。これはうまくすれば心を修め身体を鍛えるのに効果的です。クラブ活動は好きなことですから、少々厳しいことにも耐えることができますが、しかし、疲れた身体で家に帰ってきたとき、しっかり勉強しているでしょうか。宿題を期限通りに仕上げるよう努力していますか。掃除当番に積極的に取り組んでいますか。教室や通学路に多くのゴミが落ちているのはどういうことでしょう。
 尊徳先生の道歌を一つ紹介します。

父母も その父母も我が身なり 我を愛せよ 我を敬せよ

 自分を愛し、敬うということはどういうことでしょうか。父母やその父母、綿々と連なる祖先からの営みの結果として今ある我が身を大切にし、立派に成長させることが祖先への恩返しであり、父母への「孝」でもあります。自分を愛し敬うというのは、決して自分を甘やかして、欲望と戦うこともせず、好き放題することではありません。

五月のことば
   貪(とん)と譲の差のみ
   禽獣唯々貪(むさぼ)るを知って譲るを知らず
   是を以て一日も安んずるを得ざるなり

 人間は万物の霊長といわれます。サル目の哺乳類を総称して霊長類といいますが、つまりサル類とヒト類を含み、大脳がよく発達し、知能も高い全動物中最も進化した一群のことです。その霊長類の中でも人間はさらに進化した部分を有しています。
 戦後発達した大脳生理学によって、霊長類の中でも人間の脳には他の動物には見られない、独自の発達があることがわかりました。大ざっぱな言い方ですが、人間は二つの脳を持っています。一つは辺縁系を中心とした本能の脳です。これは生まれながらに持っている脳の機能で、恐怖感を根底に物事を白黒に分けて判断し、生き残るために危険と利益に敏感に、直感的に反応するようになっています。
 もう一つは前頭連合野を中心とした理性の脳で、その機能は経験と教育で育ち、おおよそ高校生ぐらいでそういった脳が育ってくると言われます。人間の行動の9割は本能によるといわれますが、その一部を理性が押さえ込むことで人間の社会的な行動は成り立っています。
 禽獣、つまり鳥や野生動物は本能によって行動します。自己の生命を繋ぐために空腹や渇きを癒さなくてはならず、そのために必死になって獲物を追うことになります。特に、肉食獣のその様子は感情を有する人間からすると、まさしく弱肉強食の世界であり、転じて道理や恩義をわきまえない人のたとえとして「禽獣」ということばを使うこともあります。
 禽獣のごとく本能の赴くままに行動し、他者のために或いは自分の将来のために譲ることをしなければ我々の生活はどうなるでしょうか。蓄えもなく、また周囲とも敵対関係にしかならないので、常に不安に駆られ、安心して暮らすことはできません。人間関係もぎすぎすしてもめ事や争いごとが絶えません。そうなると社会全体が不安定になり、幸福や平和な暮らしは望みようもありません。
 私たち人間は経験と教育によって理性の働きをどんどんと大きくし、自他共に安心して暮らせる社会を築かなければなりません。その基本は私たち一人一人が生活の中に分度を立てて、一定の範囲内で自分の生活を進めることです。そして、積極的に余剰を生み出し、これを自分や家族の将来のために、或いは困難な状況にある人々のために推譲できるようにすることです。つまり「分度推譲」の実行です。
しかし、私たちは誰しも日常の生活に追われてなかなか余剰を生み出すことはできません。だからこそ常に少しずつでも蓄えを作ったり、努力を積み重ねたりしなくてはなりません。このことを尊徳先生は「積小為大」の一言で言い表しました。
 貪るなかれ。「分度推譲」を進めるにあたって「積小為大」を忘れず、誠実な生き方を!

四月のことば
   日々の丹誠
   丹誠は誰しらずともおのづから
   秋のみのりのまさる数々


秋、様々な農作物がみのりを迎えます。では、どうすればより豊かなみのりを迎えることができるのでしょう。お米を例にとると、田植えをしただけでは不十分です。その前に先ず田を耕して、肥料をまいて、すべての田に水が十分に行き渡るように水路を整備しなくてはなりません。尊徳先生が生きていた江戸時代には、現在のように耕耘機もトラクターもありませんから、すべて手作業です。このように周到な準備の後、田植えができます。これも手作業ですから、ずいぶんと苦労します。ようやく田植えが終わっても気が抜けません。暑い日も雨の日も雑草を抜いてきめ細かに田んぼの手入れをしなくてはなりません。
そして、農作物は正直で、人間が一生懸命に育てればそれだけみのりも豊かに、気を緩めて十分な手入れをしなければその分だけ乏しくなります。つまり周りで誰かが見ているから一生懸命農作業をし、見ていなければそうではない、というのは通用しません。誰しらずとも人としてなすべきことをなし、天の恵み地の恵を得て、時が来てようやくみのりとなります。
「丹誠は誰しらずともおのづから」丹誠とは、うそいつわりのない心であり、まごころのことです。「丹誠を込めて祈願する」とか、「丹誠を込めて育てる」などと使います。誰が見ていてもいなくても、自らなすべき事をなして初めて豊かなみのりとなります。
 自分自身の生活を振り返ってもそうですが、最近気に掛かるのが、何をするにしても雑に済まそうとすることです。これは将来あるべき豊かなみのりの大敵です。授業のノートや宿題、机や部屋の片付け、雑に済ませていませんか。本校ではクラブ活動に熱心に取り組む生徒が多いですが、スポーツであれ文化活動であれ、何らかの技術を身につけるためには、基本から段階的に丁寧に練習を重ねなければなりません。
本校には園芸部があり、中庭で季節ごとにきれいな花が咲き、私たちの心を和ませてくれます。これは最初に述べた農作物と同じく、日々の丹誠が不可欠です。長期休暇だからといって花壇の手入れを怠ることはできません。夏休みでも、顧問の先生や部員が早朝から水まきや草抜きなど、細かな手入れをしています。このような努力の結果、園芸部は兵庫県ガーデンコンペ学園花壇の部で優秀賞を受賞しました。
秋のみのり、これは秋の刈り入れが終わったときから準備が始まり、日々の丹誠によって得られます。新学年の始まりにあたり、将来の収穫を見据えて、「丁寧な生き方」を目指していただきたいと思います。


三月のことば
小人は今日の勤功をもって昨日の衣食を補う

君子は今日の勤功をもって明日の衣食を補う
 小人と君子はその時その時の行動としては同じことをしているのかもしれません。このことばは小人と君子の違いを端的に表しています。
 小人や君子ということばは論語の中に出てきますが、本校ではなじみの深い金次郎像を思い出して下さい。背中には薪を背負い、手には書物を持っています。金次郎が読んでいるのは『大学』という書物といわれています。『大学』はいわゆる四書五経の一つで、四書とは儒教の経典である四つの書物『大学』『中庸』『論語』『孟子』です。五経とは、儒教において四書とともに尊ばれる五つの経書、『易経』『書経』『詩経』『春秋』『礼記』です。少年金次郎はこういった書物を真剣に勉強し、独自の思想を形成して行きました。
 論語では、君子とは立派な人、小人とはその反対の人を指します。君子も小人も一生懸命に働くのですが、その対象が異なります。無計画にその時その時を過ごしてしまうと、生活にも心にも余裕が無くなり、借金ができてしまいます。そしてその借金を返すために一生懸命働かなくてはなりません。これは小人の生き方です。
 それでは、立派な人はどのような生き方をするのでしょうか。日常の生活を支えるための働きと共に、自分の将来や世のため、人のために役立てるように少しずつ蓄えをしながら、計画性をもって生きる生き方でしょう。
 報徳思想では先ず誰しも分度を立てて、その分度を守ることが基本になります。自分の収入に応じてどれくらいの生活をするのか支出を決め、いくらかは必ず将来や何かあったときのために蓄えて行かなくてはなりません。しかし、分度を守るのには勇気や決断、自分を厳しく律することが必要です。ここで、つまり分度を守るという点で誤ってしまえば昨日の衣食を今日の働きで補う生き方に陥ってしまいます。
 たとえ僅かでも将来のために、そして世のため、人のために役立てようと、蓄えを作るのが、「推譲」の精神です。中学生・高校生が、多くの蓄財をこの推譲に当てる必要はないのです。特に生徒諸君は、蓄財をしてこれを現段階で譲ることよりも、分度を守る心の強さ、必要に応じて譲る精神を身につけなくてはなりません。「譲る」といっても、全財産を譲るのではありません。まずは分度をたてて、日々少しずつでも「譲る」ための蓄財に努め、自分で生み出した余裕の部分を、自分の分限に応じて譲るのです。これが則ち君子の生き方です。
校歌にもある通り、「分度を立てて あやまらず」、つまり一旦分度を定めれば、分度を守ることにおいて失敗せずに、「推譲もって 耕やさむ」、推譲によって人の心を、そして世の中をより良いものにしていくよう、報徳精神を実行できればと思います。


二月のことば
夫れ分限を守らざれば、
千万石といへども不足なり

                     『二宮翁夜話~湯船の教訓』より
 人間には良くも悪くも様々な欲があります。そして、欲が原因で様々なトラブルが起こります。しかし、欲はすべて悪いということではありません。食欲は生命を維持するためにエネルギー源を確保しようという働きであり、これが正常に機能しなければ、健康な生活は送れません。また、勉強やスポーツ、文化活動にあいては「向上心」が大切ですが、これはある種の欲と言えます。つまり、欲望に流されることなく、積極的に活用し、コントロールしなければなりません。
 人間の欲望はつきるところを知らず、欲望の赴くままに生活すると、贅沢がどんどんと進み、お金はいくらあっても足りません。そこで分限、つまり分度を定めて、何事においても一定の範囲内で済ませば自分の生活でトラブルになることはありません。しかし、その分度は自分に定めるのではなく、積極的に余剰を生み出してこれを世のため人のために役立てようというのが報徳思想です。
 二宮尊徳は江戸時代に生きたので、石高を例にした話が多く残っています。そして、百石の給料がある人は五十石で生活して残りの五十石を余剰として他のために役立て、千石の者は五百石で生活して残りの五百石を余剰として他のために役立てるように教えました。これが「分度推譲」です。しかし、分度を定めてこれを守るのは、わかっていてもなかなか難しいことです。だからこそ欲望をコントロールできるように訓練しなければならないのです。
 さらに「分限=分度」という考え方は、このような経済的なことに留まりません。例えば、お風呂に入るときは、大人が湯船の中に立ったまま、「なんだこの湯は、浅すぎて膝にも満たないではないか。」と肩に湯を掛けながら不平を言うのは、「譲り」の気持ちに欠けています。大人が立ったままで肩までつかる湯船では、子供が入浴することはできません。湯船というものは、大人は屈んで入って肩まで湯につかり、子供は立ったままで肩までつかるものであり、大人にも子供にも「譲り」が必要です。このようにそれぞれが「譲り」の精神を発揮して物事をうまく進めることは中庸といいます。以上、『二宮翁夜話』の「湯船の教訓」という有名な下りの要旨です。
 「譲り」、つまり「推譲」の精神が無ければ巨額の富もその場を離れず、人々の役に立つことはありません。以前にも言及しましたが、中学生や高校生が金銭的な「譲り」に重きを置くよりも、先ず推譲の精神を身につけるべきです。それには、自分の時間や労力を提供して他のために役立てる訓練が必要です。ある種、犠牲的精神です。分度を守る勇気と譲りの気持ちを身につけること、これがなければ様々な人からの徳にも報いることはあり得ません。従って、これこそが報徳生の至上命題であると私は考えます。

一月のことば
千里の路をいかんと欲する者は
須らく先ず脚下を定むべきなり

 一里とは、『尺貫法で、距離を表す単位。一里は三六町で、約三.九二七キロメートル。』つまり、千里とは、約4千キロの距離です。「千里の路を行かんと欲する」と言っても、実際に4,000キロの道のりを進ということではなく、気が遠くなるほどの遠い距離と言うことです。また、これは場所的な移動のことだけではなく、難しい勉強、難関大学への進学、膨大な量の仕事を仕上げるなど、私たちの生活の様々な分野にあてはめることができます。
 二宮金次郎は、天明7年(1787年)7月23日、相模国足柄郡栢山村(現在の神奈川県小田原市)に生まれましたが、近くを流れる酒匂川はたびたび氾濫し、人々の田畑を奪い、流域の村民たちに多大な被害を与えていました。そんな中、金次郎一家も生活が徐々に苦しくなり、14才で父が亡くなり、そしてその後を追うように16才で母が病気で急死、その直後に酒匂川が再び氾濫して、6反8畝の田地が土砂に埋まってしまいました。2人の幼い弟と共に生活のすべが無くなり、金次郎以下3人の兄弟はそれぞれ親戚に引き取られ、一家離散という状況になってしまいました。その時、伯父万兵衛宅に引き取られた金次郎は一家再興を決意し、並々ならぬ苦労の末、文化7年(1810年)、念願の一家再興を果たしました。さらに、奉公していた服部家の立て直し、桜町領の復興などを始め、多くの村や領土の復興を成し遂げ、報徳仕法の確立へと発展していきました。
 士農工商の厳しい身分制度の下、農民である金次郎はこのような武家屋敷の復興や武士階級に入って領土の復興を手がけるのはとても大きな仕事でありました。「千里の路を行かんと欲する」も同様のことでした。では、金次郎はどのようにしてこの大仕事を進めたのでしょうか。その要とも言える最も大切なことは何だったのでしょうか。
 今月の言葉はさらに次のように続きます。

 何を脚下と謂う。分度是なり。分度一たび定まれば、則ち荒蕪以て墾くべきなり。負債以て償うべきなり。衰国以て興すべきなり。

 「脚下」はつまり「分度」であり、すべての基本は「分度」を定め、これを守ってことに当たるということです。報徳仕法の原点はやはり「分度推譲」です。服部家の立て直しも桜町領の復興も、その他の仕法もすべて分度を定め、その分度を確実に守ることによって実現していきました。
 私たちは誰しも、それぞれの立場で為すべきことがあります。社会人は社会人として、学生は学生として、その務めを果たすべく「分度」を定め、これに従って生きて行かなくてはなりません。新年にあたり、それぞれの分度を再認識し、これからの1年、有意義に過ごしましょう。


十二月のことば
男 至誠なければ女気を含み
女 至誠なければ男気を含む

 男は男らしく、中学生は中学生らしく、高校生は高校生らしく。このような言い方をすれば抵抗を感じる人が多いかもしれませんが、「らしさ」とはどういうことででしょうか。これはそれぞれの特性・。持ち味を存分に発揮するということです。つまり、報徳で言う「徳」を及ぼすことであり、「分度推譲」を実戦することであります。
 一台の乗用車を作るのにどれくらいのパーツが必要なのか知りませんが、多数のパーツのどれ一つ欠けても完成した車はできず、そういった車はどんな大事故を引き起こすかわかりません。すべてのパーツが完全に機能してこそ、安全で世の中の約に立つ車になります。
 また、自動車工場の生産ラインでは、それぞれの持ち場にいる人が、自分の役割を完全に果たしてこそ、その工場の車を世に送り出すことができます。
 人間社会は工場よりもずっと大きいですが、一人一人の人間が存分にその特性を発揮しなければならないのは工場と同じです。乗用車に例えればパーツが多すぎて一つ一つのパーツの重要性が薄れて思われるかもしれませんが、決してそうではありません。人間も一人一人がその本分を理解して持ち味十分に発揮できれば、社会にゆがみが生じます。
 つまり、至誠を持って物事を実行しなければ、それぞれの持ち味を発揮できず、それそれの役割を果たすことはできないばかりか、別物に見えてしまうということを端的に表したのが今月のことばです。男であれ女であれ、中学生であれ高校生であれ、何事も誠実に実行してれば個性=自分らしさを発揮し、徳を周囲に及ぼすことができるようになるのです。
 以下、『二宮翁夜話』より。

 翁曰く、我が道は至誠と実行のみ。故に鳥獣虫魚草木にも皆及ばすべし。況んや人に於いてをや。故に才知弁舌を尊まず。才知弁舌は人に説くべしといえども、鳥獣草木を説くべからず。鳥獣は心あり、或いは欺くべしといえども、草木をば欺くべからず。

 現代語に改めると次のようになります。

 私の道は、至誠と実行のみである。だから、鳥獣・虫魚や草木にも及ばすことができる。まして、人にあてはめるなど簡単なことだ。才知や弁舌は不要だ。弁舌で人を説き伏せることはできても、鳥獣・草木に説くことはできないから。いや、鳥獣なら、心があるからだませると言う人がいるかもしれないな。しかし、言葉で草木をだますのはどうだ。できないだろう。

 至誠を以て「らしさ」つまり個性を作り、これを説くとして周りに及ぼす生き方を模索しましょう。


十一月のことば
元来わが身わが心、
天地のものにして我ものにあらず

 私たちは誰一人として単独でこの世の中に存在してはいません。水を飲み、空気を吸い、太陽の光を浴びて、さらに肉や魚、米や野菜、そして果物など、他の生命をいただいて自分の命を繋ぎ、成長します。身の回りのあらゆるものとの関わりの中で初めて生きていけるのです。
 また、私たちの身体の組成を科学的に見れば、自然界に存在する限られた元素の結合体です。つまり、私たちは身体も心も天地自然から与えられたものとわかります。そしてこの一回きりの命を与えられたことに対して感謝の気持ちをいだき、感謝する行き方をしましょう。
 今月のことばはさらに、

我身と我心、我ものならざる事をしりはらべらば
人として不足なし不自由なり

 と続きます。自分の身体と言えども、天地から与えられたものであり、天地からの借り物であると考えれば、粗末に扱うことはできません。大切に扱い、成長させましょう。その気持ちがあれば不足も不自由も感じないものです。あるいは少々のことは我慢できます。
何事も事の足り過ぎて事足らず
徳に報ゆる道の見えねば

 生きている事、様々な人から授かる徳、あらゆる食べ物、私たちにとってかけがいのないものです。すべての基本は感謝です。そして何よりもその気持ちを行動に表しましょう。
 天地から与えられたこの命、この身体、天地の徳に報いる生き方を!


十月のことば
遊楽、分外に進み、勤苦分内に退けば、
則ち貧賤其の中に在り

貧富訓
遊楽、分外に進み、勤苦、分内に退けば、
則ち貧賤其の中に在り

遊楽、分内に退き、勤苦、分外に進めば、
則ち富貴其の中に在り

 今月のことばはこの「貧富訓」から引用しました。分内、分外、と耳慣れないことばが出てきますが、「分度推譲」が貧富訓の基本になっており、分内とは定められた分度の内側、分外とは定められた分度の外側ということになります。
 報徳では、お金、財産、その他、自分が持っている全てを使ってしまうのではなく、今日のものを明日のために、親は子のために、そして平時は将来の異変に備えて「推譲」することの大切さを説いています。
 お金や財産など経済的なことで言えば、分内とは平時の生活に必要なもの、つまり日常の生活費、経営費、教育費など、定期的な出費があります。また、不定期なものとして、交際費、娯楽費なども分内に含めます。
 分外とは平時の生活以外のために備えおくべきもの、いわば備蓄のことです。分外を、何かあったときに備えて自分のために備蓄する部分と、他人や社会のために使用する部分に分け、前者を「自譲」、後者を「他譲」と言います。
 遊びが過ぎてせっかく苦労して蓄えた貯金にまで手をつけ、仕事も休み休みになる、これは「遊楽分外に進み、勤苦分内に退けば」の状態であり、やがて生活に困窮するのは目に見えています。
 私たちはその逆、つまり遊びは定められたお小遣いの範囲に収め、仕事に、そして学生である皆さんは勉強やクラブ活動に精を出しましょう。これが「遊楽分内に退き、勤苦分外に進めば」の状態であり、こうなれば「則ち富貴其の中に在り」。自ずと様々な点で余裕ができ、豊かな生活につながるのです。
 しかしここは、遊びすぎない、そこそこでやめておく、つまり分度を守る心の強さが必要です。己に克つ心、「克己心」を持つことが「分度推譲」の始まりです。

九月のことば
我が道は勤倹譲の三つにあり

 「我が道は至誠と実行のみ」、「我が道は恕をもって要とす」、「人道」、「譲道」、これまで紹介してきた報徳のことばの中には、「道」のつくものがたくさんあります。道とはそもそも、どういうことなのでしょう。一般に人や車などが往来し、通行するところ、つまり道路や通路という意味もありますが、ある目的に至るための筋道、道程、過程という意味もあります。
 それでは尊徳先生の説いた道はどこへ通ずるのでしょうか。「報徳一日一訓」には「人ためは 善事なり 人のためを道と申す」とあります。世のため人のために尽くし、誰もが平和で豊かな生活が送れるような世の中を実現することが尊徳先生の「目的地」ではないでしょうか。尊徳先生がどのような思いで「道」ということばを使われたかはわかりませんが、私利私欲が見え隠れする余地はありません。全てこの「人のため」に向かう道です。
 この理想の世の中とも思える目的地に至るためには、「勤、倹、譲」が不可欠であるというのが今月のことばです。
 「勤」は勤勉の勤。全力を集中してまじめに、今なすべきことに取り組むということです。そうすることによって努力、忍耐、克己心が培われます。授業であれ、クラブ活動であれ、真剣な取り組みなくして何も身につかず、自分の目標があるとしても達成できません。
 「倹」は倹約の倹。あらゆる動植物は生命体です。どんなに小さいものでも一旦世の中に出れば命であります。それを無駄にしない、大切にするという心です。もちろん自分の命も大切ですが、「人のため」に向かうのですから、周囲の人のことも同様に大切にしましょう。
 更に、人には人格があるように、報徳では物に対して「物格」を認め、同じく大切にしようと教えています。私は機械ものが大好きです。望遠鏡、得意、カメラ、携帯電話やコンピュータ、特に精密機械や光学機器が好きなのですが、これらは全て人間の英知を結集して作られるものです。長い歴史の中で、数知れない多くの人々が努力して作られたものです。ものには敬意を払って大切にしたいと思います。
 「譲」は推譲の譲。毎月のことばの中でもたびたび取り上げてきました。

人道は譲道によりて立つものなり

奪うに益なく、譲るに益あり
譲るに益あり、奪うに益なし
 自己主張のみでなく、他者の立場に立ってものを考えるということです。そこから真の友人関係、人間愛、協調性が生まれ、豊かな人間性が養われるのです。
 勤、倹、譲が報徳の三本柱です。この道を歩んでこそ、私たちの目的地、「誰もが平和で豊かな生活を送れるような世の中」に至るのです。


八月のことば
奪うに益なく、譲るに益あり
譲るに益あり、奪うに益なし

是れ則ち天理なり ~ われ常に
               「奪うに益なく、譲るに益あり
                譲るに益あり、奪うに益なし」
               是れ則ち天理なりと教ふ。
               能々玩味すべし。
 二宮翁夜話の一節です。二宮尊徳は、譲ることこそ世のため、人のためになるが、奪うことには一切良いことがないということを、常に「天理」として教えていました。
 第二次世界大戦後大いに経済復興し、世界でも有数の豊かさを誇る国になった日本ですが、21世紀に入ってその現状はどうでしょう。アジア諸国や中国、インドなどの台頭により、日本の製造業の国際的競争力は低下し、大きな不況を招きました。その結果、殺人事件や詐欺事件、偽装事件、いじめや自殺など、痛ましいことが多発しております。こういった事件に共通するのは、物であれお金であれ、あるいは命であれ、全て他者の何かを「奪う」ということです。
 たとえば他人の財産を「奪う」と、一見その時自分は豊になったように思えるかもしれませんが、このような方法で富むことに価値があるのでしょうか。さらに、「奪われた」側はどうなるのでしょうか。これを思わず「奪」に走れば、禽獣則ち鳥や獣と同じになるのです。
 私たちはそれぞれ社会的立場が異なり、暮らしぶりも様々です。そういう中で、一人一人が分度をたてて、その分度を正しく守って生活してはどうでしょう。大小を問わず、経済的にも精神的にも余剰を作り、これを他人に、そして社会に譲ればどうでしょう。きっと物心共に豊かな世の中になるでしょう。
 本校の校歌にこのことばが盛り込まれています。
   「分度をたてて あやまらず、推譲もって 耕さむ」
 私たちは一旦分度を定めればその用い方や限度をあやまることなく、推譲の精神をもって自分の心を耕し、世の中を耕すよう努力しなければならないのです。
 奪うことに何の利益もありません。それよりも分度を守って余剰を作り、物心共に「譲る」精神が大切です。そして、この「譲」を実戦することは「譲道」といわれ、二宮尊徳が最も重視したことです。

 人道は譲道によりて立つものなり(五月のことば)



七月のことば

商法は売りてよろこびて
買いてよろこぶようにすべし

 商業とは「生産した品物や仕入れた品物を売って利益をえる事業。」(明鏡国語辞典)ですが、大きな利益を得る為には、少しでも安く仕入れて少しでも高く売らなければなりません。これが行き過ぎると粗悪なものでいかに素晴らしいものとして販売するか、というところに目が向き、社会的に様々な問題が生じています。
 また、商品を仕入れるときには仕入れ値を少しでも安くしようという気持ちが働くのは自然かもしれません。しかし、これが行き過ぎると、生産者は採算が合わなくなり、苦しめられることになります。
 今月のことばは、「報徳一日一訓」から引用したものですが、そこには次のように解説されています。

  本当の商売の道は、売った方も買った方も、ともによろこぶようにする
 ところに、成り立つというのである。いいものを買った、いい人に買って
 もらったとするところに、本当の商業に生きる人のよろこびがある。

 第2次世界大戦後、東欧諸国は経済的に大変苦しい状況にありました。そこでヨーロッパの先進国は、通常の国際市場価格よりも高めに設定した価格で、継続的に農産物や手工業品などを取引し、発展途上国の自立を促すという運動を展開しました。これをフェアトレード~公平取引~といいます。
 国や地域により市場価格は異なります。元々価格の安いところからさらに仕入れ値を安くして取引するのではなく、経済的に余裕がある分、先進国が逆に高値の価格で購入すれば売った方にはそれだけ大きな利益が生まれます。この価格は先進国にとっては決して高いものではありません。こうすれば売った方も買った方もともに「よろこぶ」ことができます。
 さてこのフェアトレードという考えの裏側には、報徳でいう「推譲」の精神があるのではないでしょうか。先進国が持つ経済的な余力を経済的に苦しい人々に「譲る」ことができれば、ともによろこぶことができます。
 今月のことばは、商業のあるべき姿とともに、「譲る」ことの大切さが込められていると思います。「譲る」ということは自分のためだけを考えるのではなく、何か他人のためになることを実践することです。そして、次代を担う中学生、高校生には是非とも身につけていただきたい考え方です。



六月のことば

たとひ明日食ふべき物なしとも、
釜を洗ひ膳も椀も洗ひ上げて、
餓死すべし。

 スッと背筋を伸ばした、「凛」とした立ち姿、このような姿勢は見るととても気持ちの良いものです。そして、姿勢はその人の心を表します。「凛々」とは勇ましいさまを表し、「勇気凛々」などと使います。以前は本校体育館の正面左上に、「露堂々」と大書されておりましたが、私はこのことばが好きでした。
 二宮尊徳が生きた江戸時代には、幾度となく凶作が全国を襲い、多くの人が困窮の中に生きておりました。天明2年から7年にかけては全国的に農作物の不作が続き、特に天明3年の浅間山噴火の影響で起きた冷害により奥羽地方は大飢饉となり、多数の餓死者が出ました。今日食べるものにも困る。このような状態が何年も続くと、「どうせ明日食べるものがないのだから、・・・」と次第にあきらめの気持ちが強くなっていくのは当然かもしれません。
 しかし、そのような中でも恩に報いる気持ちを忘れてはいけません。今月のことばは二宮翁夜話の一節から引用したのですが、夜話では次のように続きます。

  是れ今日まで用い来りて、命を繋ぎたる恩あればなり。これ恩を思うの
 道なり。このこころある者は天意に叶ふ故に長く富を離れざるべし。

 明日食べるものがなくても、これまで自分の命を繋ぐために用いてきたお釜、お膳、お椀をちゃんと洗い上げて、その後に初めて餓死せよと、あくまでも堂々と、そして厳しく力強く、どんな状況にあっても恩に報いなくてはならないと教えています。恩に報いるということは人に対してだけでなく、お膳やお椀といった物に対しても同じです。
 報徳では「敬物」といって物を敬い大切にする教えがあります。人に人格があるように、物には「物格」を認め、様々なものが私たちの生活に役立ってきたことを恩に考え、これに報いるつもりで物を大切にするようにということです。
 冒頭に述べたように心は姿に現れます。明日食べるものがなくて餓死するような状況でも恩に報いることを貫く、凛とした心が現れるとそれはすばらしい姿になるのでしょう。こうなるよう心して日々を過ごしましょう。



五月のことば

人道は譲道によりて立つものなり

報徳学園校風三則の一つに「分度推譲の美風を養う」とありますが、この分度推譲の精神を実践することが譲道です。「譲」とは「譲る」ことであり、日常生活の様々な場面でこの「譲」が必要とされます。簡単なことでいえば電車やバスの中でお年寄りや小さな子供を連れたお母さんに座席を譲ることであり、朝の通学路で出勤のために駅に向かっている人に道を譲ることであり、親が子に財産を譲るなど、様々なことが考えられます。
そして、「譲」は単に個人レベルのことだけではなく、会社や国家等のあらゆる集団・組織にも同じことが当てはまります。国際的な競争がますます激しくなる現代社会において、企業や国家が自分の利益だけを求めて「譲」の精神を忘れると争いや摩擦が絶えません。

人間の行動は社会の中で「譲」と「奪」に分かれてしまいます。二つの道が分かれるのは、理性と感情によるといわれます。人間は感情のままに、すなわち本能で行動すれば、他人から奪う「奪」の道に、反対に、感情を抑えて理性で行動すると、「譲」の道に入ることになります。
≪北海道報徳社『推譲で道を開く 明るく豊かな社会を目指して』より≫

人間の手はものをつかんで手前に、つまり自分の方に引き寄せることもできますが、同じ手で向こうに、つまり他人の方へものを押しやることもできます。鳥獣の手はこれと違って、ただ自分の方へ向いて、自分に便利なようにしかできていないのです。
欲しいものを無節操に手に入れようとするのが「奪」であり、感情にまかせて言いたいことを言ってしまえば相手を傷つけ、争いが起こります。
 一方、皆が道を譲り、言葉を譲り、気持ちを譲れば、安心な世の中になり、企業が利益を世の中に譲れば社会貢献であり豊かな生活につながります。親が財産や経験、そして生きる知恵を子供に譲れば子供は豊かな人生を送ることができます。
これが「奪」と「譲」です。そして「譲」は人間にしかできないことであり、だからこそ人道というものは「譲道」が大前提となるのです。平和で豊かな生活を送るためには、私たち人間が生活そのものを「譲」によって組み立てていかなければなりません。
他人になにがしかのものを譲るには、やはり大なり小なり「自己犠牲」が伴います。手間や時間がかかるかもしれませんし、お金や物品が必要になるかもしれません。こういったことに対応するために物質的にも精神的にも平素から蓄えを作り、備えるのが「分度推譲」です。
皆さん中学生、高校生はまずは精神的な、つまり気持ちの上での「譲」、これを実践して心に余裕を作り、後々本格的に「譲の道」を実践できるように備えてください。


四月のことば


 春の野にめだつ草木をよく見れば


 さりぬる秋に実るくさぐさ

 春。草木が一斉に芽立ち、希望を感じる季節です。本校も多くの新入生を迎え、そして在校生は1つずつ学年が上がり、新たな出発を迎えました。長い冬の間厳しい寒さに耐え、ぐっと力を蓄え、春の暖かい日差しと共に草木は一斉に芽を出します。入学試験や学年末考査で、そして全国選抜大会などでぐっと力を蓄えた生徒諸君も、同様に今後の大きな成長を予感し、希望にあふれています。
 しかしこの草木についてよく考えてみると、過ぎ去った昨年の秋に実った種があります。これは一つの結果でありますが、これが原因となって、つまり種となって次の年の芽立ちとなります。
 春に芽吹いた種は天地の恵みと多くの人々の努力によってようやく実りを迎えます。これは喜びであると同時に一つの生命の終わりでもあります。この命を受け継いで次の命があるのです。
 ここに命の尊さと共に、何者も単独では存在し得ないということが理解できます。自然の恵み、無数の人々の「おかげ」をもって現在の自分があり、今後の成長があります。だからこそ自然や他者を大切にしなくてはならないのです。
 報徳思想の基本は感謝です。身の回りのあらゆるものから与えられた徳、つまり影響に対して、誠心誠意恩返しをするということでしょう。「ありがとうございます」と言葉で述べることはもちろん大切ですが、それに相応しい行動が伴わなくては無意味です。

       我が道は至誠と実行のみ
                                      『二宮翁夜話』
 新しい年度の始まりにあたり、報徳思想の基本を再確認し、秋の実りに向けて新たな努力をする決心と覚悟を促したく思います。


  三月のことば


 右足一歩 左足一歩づつ進み歩行するより


 速やかなるはなく 順なるはなし

 たとえば難関大学の受験を目指して勉強するとき、その道のりは計り知れなく遠いものに感じられるでしょう。英語では文法の勉強をし、多数の単語や熟語を覚え、難解な長文を大量に読破しなければなりません。かと思えば全然分野の異なる理科や数学、あるいは国語や社会の勉強もあります。何とか効率よく勉強したいものです。しかし、どの教科も一足飛びに実力をつけることはできず、地道に努力するしかありません。
 「小を積みて大となす。」報徳思想における最も基本的な考え方で「積小致大」として、二宮翁夜話にも記されています。

   翁曰く、大事をなさんと欲せば、小なることも怠らず勤むべし。
   小積もりて大となればなり。

 人生何か一つ、大きなことをしたいものです。しかし大きなことはなかなかできるものではありません。それは地道に小さいことを積み重ねるという努力をしないために、物事がうまくいかないと憂い、実は出来易い小さなことを怠っていることに気づかないからです。
 『夜話』にはこうあります。
   
   譬へば百万石の米と雖も粒の大なるにあらず。万町の田を耕すも其の業は一鍬づつの功にあり。千里の道も一歩づつ歩みて至る。

 難解大学の受験勉強といえども、動作一つ一つを分解すれば、まず鉛筆を持つことであり、ノートを開くことであり、本を紐解くという、誰にでもできる簡単なことなのです。千里の道を歩くにも、右足だけ出して歩もうとしても進むことはできません。右足一歩、左足一歩と順序よく歩みを運ぶ以外に理にかなった方法はありません。また、左右交互に歩くからこそ、足は素早く動くのです。足が素早く動くからこそ、目的地に早く到達することもできるのです。
 勉強でも、そしてやがて職に就いたときにその仕事を進めるにも、この言葉の表す精神をよくよく考えて、これを実践しましょう。


  二月のことば


 打つ心あればうたるる世の中よ


 うたぬこころのうたるるはなし


尊徳先生は数多くの農村復興を指導されましたが、桜町仕法にあたっては当初より様々な妨害を受け、大いに悩み苦しみました。そのため、成田山新勝寺にこもり、21日間に及ぶ断食祈願を自らに課します。ひたすら不動尊に祈願することにより「一円融合」の思想を確立しました。
「一円融合」とは、あらゆる物事の長所を見いだしてこれを組み合わせて一定の効果を発揮するという、いわば調和の思想です。およそ世の中は一見対立するものや対照的なものが、実は調和して成り立っているもので、天と地、男女、明暗、苦楽など、様々なものがあります。電気にはプラスマイナスがありますが、プラスだけでは電灯もともらずモーターも動きません。両方の働きがあって初めて機能するのです。
 行き詰まっていた桜町仕法も村民一人一人の長所を見いだし、それぞれの持ち味を発揮できるように配慮した結果、ようやく順調に進行し始めました。成田山における断食祈願を通して「一円融合」の思想を確立したこの頃、この道歌は生まれました。

 桜町以後反抗していた村民の一々を見れば、村内をさわがすボスだと思っていた者も、何かの用をなす有才であった。その才能を称誉し任用すればそれぞれの功を挙げる。その才能挙用と同時に反対の行動は霧のごとく消え、親のごとくに慕って来る。彼は元来敵ではなかった。この場合は打つ手もなく打たれる手もなく、握り合う手だけであった。
                                (『解説二宮先生道歌選』より)

 外交も貿易も、あらゆる交渉ごとは己を利することに立脚しており、打つ心をもって世界をながめ、打たれない用心に心を砕いているのが一般的な姿でしょう。しかしこの道歌のごとく、「一円融合」の思想を規範として和協の道を探ればまた別の世界が見えるのではないでしょうか。

  一月のことば

 我が道は恕(おもいやり)をもって要(かなめ)とす

およそ人間は、生まれたときには何も自分でできず、すべてが親や周囲の人に支えられて 生きています。その段階から成長するにつれて少しずつ自分で身の周りのことができるようになります。やがて友達や先輩後輩、学校の先生も含めていろいろな人と交わる中で、「自分のことを考える」ことから、「他人のことも考える」ことに向かいます。
相手の立場や気持ちを理解しようとする心、これが恕ですが、自分が意識しないとなかなか身に付きません。自分のことしか考えない身勝手な行動たのために数限りない問題が引き起こされています。
私たち一人一人、皆自分がとても大切ではありますが、これは立場を変えれば隣に座っているクラスメートも、クラブの後輩も皆同じことで、みな自分が大切なのです。友達同士思い遣りの気持ちをもち、上級生は下級生に思い遣りの気持ちをもって接すると、横の関係と縦の関係がしっかりとします。これは一枚の布を織るがごとくです。布は横糸と縦糸がしっかりすることによって強い布になります。
様々な争いごとや事件がなぜ起こるのかを考えると、自己中心的で、他人への思い遣りが欠けていることが非常に多く、残念に思います。社会が高度に分業化され、複雑になるにつれ、人の存在、人とのつながりが薄らいできます。食料品や衣料品からパソコンなど、先端技術を駆使して作られたものまで、どんなものでもインターネットなどを通して人の顔を見ることもなく、いとも簡単に入手できます。
人の姿が薄らぐ今日であるからこそ、「恕」が必要なのではないでしょうか。「我が道は恕をもって要とす」。時代を超えて本質をとらえる言葉です。
  十二月のことば

 田の草はあるじの心次第にて


 米ともなれば荒地ともなる


 これも尊徳先生の道歌の一つです。朝は朝星、夜は夜星をいただきつつ、農家の方は田んぼ仕事、畑仕事に精を出し、その苦労の末、豊かな収穫へとつながります。暑い日もあるでしょうし、疲れて身体が重いときもあるでしょう。そんなときにも自ら心に鞭を打って農作業を怠りません。こうした努力によって私たちの食生活は支えられ、生活を維持できるのです。努力を怠れば育つはずの米も育たず、田んぼであった土地もすぐに雑草がこれを覆い、荒れ地となります。
 そしてこの努力は農業に限ったことではありません。勉強やスポーツ、あらゆる文化活動、研究活動を含め、自らがコツコツと努力することによってのみ成長があり、成功があるのです。
私たちは様々な誘惑と戦いながら生きており、この誘惑に打ち勝って始めて物事を達成できます。以前にも引用しましたが、『二宮翁夜話』の「克己復礼」の項に、

『己に克つは我が心の田畑に生ずる草をけづり捨て、とり捨て、我が心の米麦を繁茂さする勤なり。』

とあります。「我が心の田畑に生ずる草をけづり捨て、とり捨て、我が心の米麦を繁茂さする」という力強い表現。自分自身の心に米を実らせるか、あるいはそこが荒れ地と化すか、自分自身の問題です。この道歌、そして『夜話』の力強い表現から勇気をいただけます。

  十一月のことば

 何事も事足り過ぎて事足らず


 徳に報ゆる道の見えねば

 携帯電話、メール、インターネットが急速に普及し、居ながらにして瞬時に情報を交換できるようになりました。高速道路網や鉄道網の整備が進み、空路による輸送も高速化・大量化に拍車がかかっています。24時間営業のコンビニやファーストフード店があちらこちらにできて、私たちの生活はますます便利になりつつあります。尊徳先生の生きた江戸時代にはもちろん電話もなければ人間が空を飛んで海を渡ることなど考えられず、ずいぶんと様変わりしました。衣食住満ち足りて、この後何を私たちは求めるのでしょう。
 天から授かったこの命、親から授かったこの身体。様々な人の努力によって作られた様々なものによって、また、無数の動植物の命を食事としていただいて私たちは命をつなぎ、生活を維持しております。ここに恩を感じ、徳として敬することが報徳生活の出発点です。
 私たち人間にはすばらしい可能性があり、「人格」があります。それならば生物や人々の努力によって作られるもの、つまり万物には「物格」があるべきでしょう。

『人格や物格は相互にそれを尊重することによってのみ実在する。尊重することの内容はすなわち徳である。この徳を認識しないで人格はあり得ない。』(解説二宮先生道歌選)

 私たちは利便性を追求する中で多くのものを失い、かけがえのない地球環境にも悪影響を及ぼしています。あれもほしいこれもほしいという前に、また現状に不満を述べる前に、万物が有する物格に恩を感じ、その徳に報ゆる生活を考えてみては、と思います。





  十月のことば

 翁曰く、それ天道の真理は、


 不書の経文にあらざれば見えざるものなり。

 学問は突き詰めてその真理をつかみ、世の役に立ててこそ価値があるのでしょう。しかし真理は「不書の経文」であり、目で見ることはできません。校歌の中にうたわれている「書かざる経」のことです。尊徳先生は、「天道の真理」はこの世の中のすべての現実、春夏秋冬といった自然の移り変わりや世の中の変遷から見いだせると説いています。
この、目には見えない「不書の経文」を観るには、「肉眼を以て一度見渡して、肉眼を閉ぢ、心眼を開きてよく見るべし。」と『二宮翁夜話』には書かれています。

 宮本武蔵は剣道に於いて「見(けん)の眼(め)」と「観(かん)の眼」ということを説いている。「見の眼」とはすでに形に現れたものを観る目であり、「観の眼」とはいまだ形に現れぬ以前の心を観る目のことである。~『二宮翁夜話味講』より

 目に見えるものはすべて目に見えないものによって支えられています。書物をひもといて勉学にいそしむと共に、不書の経文に耳を傾けましょう。心を落ち着けて至誠をもって事に当たることがすなわち、心の目を開くことになるのでしょう。
九月のことば

 三吉野の花も盛りはかぎりあり
 
 あらしをまたで散るぞかなしき

 これも尊徳先生の道歌の1つです。直訳すると「吉野山の桜も盛りには期限があります。嵐や風が吹かなくても数日で散ってしまうのは悲しいものです。」となります。悲しくても残念でも散るものは散ってしまいます。すべてのものは移り変わり、形あるものはいずれは崩れてしまいます。
 茶道では、どの茶の会でも一生にただ一度だと考えて常に客に誠を尽くすべきだと考え、「一期一会」と言います。同じ人であっても昨日のその人と今日のその人では何かが違い、今日の努力により明日のその人はまた大きく成長し、何かが異なります。
 横に、真一文字に引いた「一」の文字、これに思いを致してください。人生は一度しかありません。1回の授業を、部活においても1回の練習を大切にし、「この1回しかない」と考えて取り組めば、自ずと緊張感が生まれて打ち込み方も変わり、真の実力アップにつながります。
「人生二度なし。」一日、一日を大切にしましょう。



 八月のことば

 夫(そ)れ我が道は、
 
 人々の心の荒蕪(こうぶ)を開くを本意(ほい)とす。

 尊徳先生は天保13年(1842年)、56歳のときに幕府に登用されました。しかし、当初はなかなか自分の望むような仕事はさせてもらえず、月日だけが流れました。そして弘化元年(1844年)4月、ようやく日光神領の荒地復興計画を立案せよという命令を受けました。これに対して尊徳先生は、弟子たちとともに2年3ヶ月という長い歳月を掛けて84巻に及ぶ壮大な仕法雛形(しほうすうけい、雛形とはいわゆるひな形)を完成させました。この書はそれまでに各地で体験したあらゆることを基にした、仕法に関するモデルプランで、いつの時代でも、どの地域においても、だれでも応用できるものとして作成したものです。
 日光神領復興計画書作成の命令を受け、仕法雛形作成を決意したとき、「夫れ我が道は人々の心の荒蕪を開くを本意とす。心の荒蕪一人開くる時は、地の荒蕪は何万町あるも憂ふるにたらざるなり。」と尊徳先生は弟子たちに諭し、人々の心の持ち方、考え方を変えることの大切さを強調されました。荒れ地を耕して開くのは人々の行為ですが、その行為の基となるのは人々の心、考え方なのです。
社会制度や科学技術がいくら発達しようとも、これを使って世の中を動かす人間の考え方いかんによっては、平和になることもあれば、紛争が絶えないこともあります。
人間の心の改造によってのみ世の中が良くなり、真に平和で豊かな世界を実現できるのです。「心田開拓」私たちも日々、我が心の田を開拓すべく努力したいと思います。





 七月のことば

 米まけば米草はえて米の花
 
 さきつつ米の実のる世の中

 尊徳先生は報徳思想を詠み込んで多くの道歌を作られました。これもその中の一つですが、この歌を詠むと「善因善果、悪因悪果」という言葉がすっと思い浮かびます。米を蒔けば稲が育ち、なすを育てればなすが実ります。
 また、種から育って草となり、花が咲き、実を結びます。種からいきなり実にはなりません。しかるべき歳月と天地の恵み、そして人の努力があって初めて農作物は実を結ぶのです。
 尊徳先生は、幼い頃から農作業に携わり、また後には様々な形で農業指導をされましたが、その中でこれが宇宙の実相であると痛感され、その発見に大いに喜びこの道歌が生まれました。
 内容は実に単純なことで分かり切ったことのようですが、私達はこの通りに考えて行動しているでしょうか。日々善行を重ねた結果とそうでない場合の結果は大いに異なります。
 この単純明快な道理を軽視してはならぬと、尊徳先生は次の歌を詠んで戒めておられます。

      この歌ををかしく思ふ人あらば 米の実まきて麦にして見よ

単純だからと軽視せず、日々善行を積み重ねて報徳の種を蒔きつつ生活したいと思います。





 六月のことば

 一粒といえども
 
 天地人三才の徳によって生ず

 たった一粒のご飯といえども、無駄にしてはいけません。「粒粒辛苦」これは米を作る農民の一粒一粒にかける苦労はひととおりではないことを表しています。またこういった人々の苦労と共に天地の恵があって初めて農作物はできるのです。さらに食材を調理して食事を作ってくれる人の苦労、努力もあるはずです。
 まさに合掌礼拝して、感謝の気持ちをもって食事を戴くべきだと感じさせられます。そう感じるなら今日から実行しましょう。すでに実行している人も多いと思いますが、食事の前には「いただきます」、食事の後には「ごちそうさまでした」
「いただきますと言って食べるのは食事、言わずに食べるのはエサ」という人もいます。
 私たちの食べ物は、肉も魚も、そして菜っ葉もすべて生命です。感謝の気持ちを持っていただきましょう。
粒粒辛苦
春種を下してより、稲生じて風雨寒暑を凌ぎて、花咲き実のり又こきおろして、搗き上げ白米となすまで、此の丹精容易ならず実に粒粒辛苦なり。其の粒粒辛苦の米粒を日々無量に食して命を継ぐ。その功徳、また無量ならずや。





五月のことば
  克己復礼

それ人道の勤むべきは

己に克つの教なり

 二宮尊徳は農家の出身であり、農業に精通していた。そして、永く農業指導にも従事したので、自然の摂理、つまり天理と人道も農業に例えてわかりやすく教えた。二宮翁夜話には、「それ人身あれば欲あるは即ち天理なり。田畑へ草の生ずるに同じ。堤は崩れ、堀は埋もり、橋は朽ちる、是れ即ち天理なり。然れば人道は、私慾を制するを道とし、田畑の草を去るを道とし、堤は築き立て、堀はさらひ、橋は架け替えるを以て道とす。」とあり、人間には欲があるのは当然であるが、田畑に雑草が生えればこれを人の努力によって取り去るのと同様であると教えている。さらに田畑の雑草だけではなく、堤防も堀も橋も時間の経過とともに老朽化するのは天理であり、つねに整備して使える状態にしておくのが人道である。とてもわかりやすい例えである。
 私たちの心にもさまざまな雑草が生える。勉強をしなくてはならないときにゲームや友達との遊びといった雑草が頭を持ち上げてきたという経験はないだろうか?そんな雑草は即刻捨て去らなければならない。これが己に克つということで、「己に克つは我が心の田畑に生ずる草をけづり捨て、とり捨て、我が心の米麦を繁茂さする勤なり。」と夜話にある。
 さまざまな誘惑に負けず、目的をしっかり持ってそれに向かって努力しましょう。





四月のことば

むかしまく木の実大木となりにけり
今まく木の実後の大木ぞ

 人は誰しも、今自分が必要とすることには懸命に取り組みます。今の世の中に役立てるために木を切って家を建てるのは当然のことです。しかし、私たちが暮らしているこの地球は、10年後、30年後、100年後、あるいはそれよりももっと後には、私たちが全然知らない私たちの子孫が暮らしています。この地球を大切にし、豊かできれいな地球を残して行くことは、私たちの子どもを大切にすることであり、それが人の道です。「私たちは子孫の土地を借りている。」と言ってこの大地を大切にする人たちが世界にはいるそうです。
「自分が生きているうちに立派な林にならぬことが分かっていても、親は子のために樹を植えつけるのである。目先の欲だけで働くのは、動物である。子孫後世のために、徳の種子をまくのが、人の人たる所以である。」(報徳一日一訓より)





三月のことば
いやしくも徳に報いる心なき者は

これ禽獣なり

 報徳学園の校名は、「以徳報徳」ということばに由来しています。「以徳報徳」は「徳を以て徳に報いる」と読み下します。人間は単独で生きていけるものではなく、いろいろな人との関わり、自然界のさまざまなものとの関わりの中で初めて生きていけるのです。自分自身が成長するために、また生きていくために受ける無数の影響を「徳」といい、私たちにとって最も大切な「徳」を受けておきながら、かりにもそれに報いる心がなければ、人とはいえないのです。
 私たちは皆自分自身がとても大切なのですが、他者の存在にも目を向けましょう。隣に座っている生徒も、部活動で一緒になる後輩たちも皆同じように自分が大切なのです。この大切な自分の存在、成長に不可欠な「徳」に報いる心、つまり感謝の心をもって人と接するようにしましょう。





二月のことば

山の高く見ゆるうちは勤めて登るべし

 人間、死ぬまで修行。常に向学心を持って自己研鑽に努めるべきであるとこの一言は教えている。「まだまだできていないな。」と自分自身の不足を感じる心と共に、不足を感じたときこそ成長のチャンスであり、そこからの努力が重要になる。
 二宮翁夜話では、これを山に登ることに例えて説明している。「山の高く見ゆるうちは勤めて登るべし。」の後に、「登りつむれば高き山なく、四方とも眼下なるがごとし。」勉強でも、文化活動でも、スポーツでも、自分が取り組んでいることを最後まで突き詰めなければならない。中途半端なまま投げ出すことのないようにしなければならない。
 夜話はさらにこう続く。「この場に至って、仰ぎて弥々(いよいよ)高きは天のみなり。此処まで登るを修行といふ。天の外に高きものありと見ゆるうちは、勤めて登るべし。学ぶべし。」
1人1人がそれぞれの目標に向かって努力を続けましょう。





一月のことば

我が道は至誠と実行のみ

 報徳思想の根幹をなす言葉。二宮翁夜話ではこの次に「およそ世の中は智あるも学あるも、至誠と実行にあらざれば事はなさぬものと知るべし」とある。どん底の生活に苦しむ桜町の復興を成功させたのは尊徳のまごころであり、ひたすら励んだ勤労のおかげであり、また彼の指導によって、まじめにはたらいた農民自身の努力のたまものであった。決して学者の才能でもなければ宗教家の弁舌でもなかった。
 至誠つまりまごころをもって実行することの大切さがこのことばに表されている。

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