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[2023.12.1]

今月のうた・ことば

十二月のことば
 それ正月は不意に来るにあらず
  米は偶然に得らるるものにあらず

 今月の言葉は、『二宮翁夜話』のなかから、年の瀬にふさわしいものはないかという思いで探してみました。すると、上に掲げた言葉が目に留まりましたので、ここで紹介します。
尊徳先生が桜町で仕法に取り組んでいるときの話です。畳職人の源吉という男がいました。口が達者で才気はあるのですが、稼いだそばからお酒を飲んでしまうので、常に困窮した生活を送っていました。その源吉が、年末に尊徳先生のところへ餅米を借りにきました。そのとき、尊徳先生が源吉を諭したときの言葉です。
「お前のように年中家業を怠って働かず、銭があれば酒を飲むようなものが1年間しっかりと働いた者と同様に餅を食おうというのは甚だ心得違いである。正月は不意にやってくるのではない。米は偶然にできるものではない。正月は365日明け暮れして来るのであり、米は春耕し、夏に雑草を取り、秋に刈り取って初めて米になるものだ。お前は春も夏も何もしていないのだから、米が無いのは当たり前だ。正月だからと言って餅が食える道理がどこにある。また、今貸したところでどうやって返すのだ。返せないときは罪人となる覚悟があるのか。正月に餅が食いたいのであれば、今日より酒をやめて、真面目に働いて再来年の正月に餅を食うがよい。今年の正月は過ちを悔いて餅を食うのはやめよ。」と懇々と説諭したそうです。この言葉を聞いて、源吉は己の過ちに気づき、酒も遊びもやめて、正月2日から仕事をはじめ、きっと再来年は人並みに餅を食べますと、先生の懇切な教えに深く感謝して帰ろうとしました。
しかし、その源吉を尊徳先生は呼び止め、「私の言ったことがしっかりと腹に収まったか」と尋ねます。源吉は、「誠に感銘を受けました。生涯忘れません。酒をやめて励みます」と答えました。すると先生は、白米一俵、餅米1俵、金1両に大根や芋などを与えてやったということです。先ほどまでさんざんお説教された後ですから、源吉もまさかこのような流れになるとは思ってもみなかったことでしょう。どのような気持ちで餅を食べたことか、察するに余りあります。これより後、源吉は生まれ変わったかのように勤勉になったということです。
尊徳先生らしい、人の心の機微をうまく捉えた、心憎いやり方です。源吉も、お説教されただけで帰っていては、どこかでその決意も破れてしまっていたかもしれません。厳しい言葉と、その後の救い。この二つが源吉を生まれ変わらせました。教えの中身もさることながら、その伝え方に、尊徳先生の教育家としての一面が見て取れる逸話かと思います。

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